パトゥル・リンポチェの生涯と教え(13)
◎パトゥルと泥棒
ザムタンの僧院の近くで、パトゥルは、草に覆われた小さな丘に座りながら、大勢の群衆にちょうど入菩提行論の教えを説き終わったところであった。説法会に参加していた一人の老人がパトゥルのところへやって来て、パトゥルに「馬のひづめの銀」と呼ばれる大きな銀貨を一つ布施した。この銀貨の名前の由来は、チベットでは普通、銀貨はひづめの形で鋳造されるということから来ている。その老人は銀貨以外にもいくつかの財産をもっていたが、深く信仰しているパトゥルに対しては、銀貨を捧げることが価値ある行ないなのだと思ったのである。
パトゥルはいつものように、布施を受け取ることを拒んだ。しかし老人は根気強く粘り、銀貨をパトゥルの足下に捧げて、ささっと立ち去ってしまった。その後すぐに、パトゥルは立ち上がって、人々が彼に捧げた供物を、その銀貨も含めてすべて置き去りにして、去って行ってしまったのだった。
ある泥棒が、パトゥルが銀貨を布施されたということを耳にし、パトゥルについていって、それを盗んでしまおうと考えた。パトゥルはしょっちゅう独りで旅をしており、夜を星の下で眠って過ごした。泥棒は闇に身を隠しながら、眠っているパトゥルに近づき、彼のわずかな所有物――小さな布袋と土製のティーポット――を探り始めた。何も金目のものが見つからず、今度はパトゥルの着ている服の中を手で探り始めた。泥棒の手に気づいたパトゥルは、飛び起きて叫んだ。
「カーホー! 私の服の中でごそごそと、何を探しておるか?」
泥棒は突然のことにびっくりして、うっかり正直にこんなことを言ってしまった。
「ぎ、銀貨を布施されたそうじゃないか! おれはそれが欲しいのさ。それをおれによこせ!」
「カーホー!」
パトゥルは再び叫んだ。
「馬鹿みたいにあちこち走り回って、お前はなんという惨めな人生を送っておるのだ! たかだか銀貨を探しに、遥々ここまでやって来たのか? なんと哀れな! さあ、よく聞きなさい! 来た道をすぐにお戻り。そうすれば夜明けまでには、私が教えを説いていた丘に到着するだろう。銀貨はそこにある。」
泥棒はいぶかしがったが、パトゥルの所持品を隈なく探っても銀貨が見つからないということはわかっていた。目当ての施物がまだそこにあるとは到底考えられないが、それでも、泥棒は来た道を引き返して、その丘へと向かったのであった。その辺りを探し回り、そして遂に泥棒は、パトゥルがそこに置き去りにした銀貨を見つけたのであった。
もう若くなく、自分の生き方について悩み始めていたその泥棒は、大声で嘆き始めた。
「ああ! このパトゥルという者は、すべての執着から解放された本物の師である。その彼から物を盗もうとしたことで、おれは大きな悪業を積んでしまった!」
呵責の念に苦しめられ、彼はパトゥルを探しに、今来た道を再び引き返していった。泥棒が再び戻ってくると、パトゥルは叫んだ。
「カーホー! 戻ってきおったか! まだ愚か者のようにあちこちを走り回っておるのか? 今度は何が目当てかね?」
パトゥルの前でたじろいで、泥棒はワッと泣き出した。
「おれはここに盗みに来たのではありません。銀貨は見つかりました。でも、真の霊性の師であるあなたに対して、大きな悪行を為してしまったことを、あなたからわずかな所持品を奪い取ろうとしようと考えていたということを、心から後悔しているのです! どうかお許しください! どうか、おれを祝福して、あなたの弟子として受け入れてください!」
パトゥルは言った。
「懺悔をしたり、私に許しを乞うたりして思い悩むでない。今から布施の実践をして、三宝に祈りを捧げればよいのだ。それで十分だ。」
後に、この泥棒がパトゥルに為したことを聞いたある者たちが、泥棒の居場所を突き止めて、さんざん殴りつけた。
これを聞いたパトゥルは、その者たちを厳しく叱りつけた。
「あの男を殴りつけていたとき、お前たちは私を殴っていたのだぞ!」
パトゥルは言った。
「だから、あの男は放っておいてやりなさい!」
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