ドゥクパ・クンレーとテンジン老人
聖なる狂人(ニョンパ)として知られるドゥクパ・クンレーがブータンを放浪していたとき、テンジンという名の信心深い老人と出会った。テンジンがドゥクパ・クンレーに教えを請うと、ドゥクパ・クンレーは、
「よしよし、私のことを念じながら、誰にも遠慮することなく、次のように唱えなさい。」
と言って、変わった「帰依の詞章」を伝授した。
「古木のように根元から倒れても、我執の枯れない老人の陰茎に帰依いたします。
狭い渓谷のように入り込めなくても、色欲の枯れない老婆の膣に帰依いたします。
自信と精力にあふれ、死をも恐れぬ雄々しい若者の陰茎に帰依いたします。
下半身の欲望がわきたぎり、恥じらうことのない娘の膣に帰依いたします。」
テンジンはさらに懇願して言った。
「帰依の詞章をお授けくださり、ありがとうございます。どうか祈願の詞章もお授けください。」
そこでドゥクパ・クンレーは、「よしよし、それではこの祈願の詞章も忘れずに唱えるように」と言って、また変わった「祈願の詞章」を伝授した。
「東の巨木の葉はよく茂っているようだ。茂るかどうかは巨木次第。
クンレーの大きな亀頭に膣は締まっているようだ。締まるかどうかは亀頭次第。
じじいの信心は厚く、悟れそうだが、悟るかどうかは信心次第。」
こうして一風変わった「帰依の詞章」と「祈願の詞章」を伝授され、テンジンは家に帰った。
テンジンの家族は、テンジンに尋ねた。
「グルに会えましたか? 教えは授かりましたか?」
テンジンは答えた。
「グルに会えたし、教えも授かった。帰依の詞章も暗記した。」
娘がぜひそれを聞きたいと言うので、テンジンは手を合わせて、ドゥクパ・クンレーに教わった「帰依の詞章」をそのまま繰り返した。すると娘は恥ずかしさのあまりに逃げてしまった。
老婆はテンジンに言った。
「お前さんは狂人かね? グルのお言葉には落ち度はないはずだ。お前さんが間違えて覚えたに違いない。
もし間違っていなかったとしても、お前さんは偉大な聖者というわけではないのだから、そのようなお言葉を真似するのは恥ずべきことだ。これからは家族のいるところではそのようなものは唱えないでおくれ。」
テンジンは、
「グルのことが思い浮かばなければ唱えない。でも思い浮かんだら唱える。」
と答えた。
夕食時になり、家族全員がそろったところで、テンジンは目を閉じ、手を合わせて、例の「帰依の詞章」を唱え始めた。それを聞いて、家族の誰もが、
「爺さんは気が狂ってしまった」
と言って、そこから出て行ってしまった。テンジンが詞章を唱え終わって目を開けると、そこにはもう誰もいなかった。
お婆さんが戻ってきて、テンジンに言った。
「これからもそんな詞章を唱えるなら、別居してもらうよ。唱えるのか、唱えないのか、どっちかね?」
テンジンは答えた。
「お前らが恥ずかしかろうがなかろうが、俺は命に代えても唱える。」
お婆さんは言った。
「それなら出て行きなされ。」
こうしてテンジン老人は家を追い出され、丘の上の小さなわら小屋に一人で移り住んだ。そこで昼も夜もグルに教わった「帰依の詞章」を唱え続けた。
そうして一か月ほどが経った満月の明け方、テンジンが住む小屋の方から、ヴィーナや笛の音が聞こえてきた。お婆さんは、テンジンが発狂しておかしな声を出しているのかと思い、娘に様子を見に行かせた。
娘が小屋に行ってみると、そこにはテンジンの姿はなかった。娘が「お父さん、お父さん」と叫びながら布団をひっくり返してみると、そこにはきれいな虹色の輪の真ん中に白い「ア」の種字が光り輝いているのが見えた。そこで娘は、テンジンが死とともに「虹の身体」の悟りを成就したのだと知り、村の人々を呼び集めた。
村人たちがそこに集まると、ア字と虹の輪は東の空に消え去っていった。そして次のような声が聞こえた。
「ドゥクパ・クンレー様が私をポタラ山(観自在菩薩の浄土)にお送りくださる。お高くとまったお前たちは、ここにとどまるがいい。私の土地は、ドゥクパ・クンレー様に差し上げてくれ。」
そうしてテンジン老人は、虹の身体となって消えていった。