ジャータカ・マーラー(9)「ヴィシュヴァンタラ王子」⑥
ブラーフマナは、召使を得ることができた喜びと、急いで帰りたいという動揺によって、挨拶もそこそこに、二人の子供を連れてすぐに去ろうとしました。その時、二人の子供は、両親との別離の苦悩に耐えかねて心も動揺し、父親の前に頭を下げて、目に涙をためながら、こう言いました。
「母上は今外出中なのに、父上、あなたは私たち二人を布施しようとなさる。私たち二人が母上にあった後で、私たち二人を布施してください。」
ブラーフマナは、ぐずぐずしているとこの二人の母親が帰ってきて、父親の心も揺らいでしまうかもしれないと考え、二人の子供の手を縛って、もがきながら父親の方へ顔を向けようとする二人の子供を、脅しながら引きずっていきました。
そのとき、王女クリシュナージナーは、大声で泣きながら、父親に言いました。
「父上様。このブラーフマナは無慈悲にも私を蔓で縛って苦しめます。ブラーフマナというものは本当は法にかなった人達ですから、この方は明らかにブラーフマナではありません。
これはブラーフマナの仮面をかぶった鬼神です。きっと彼は、私たちを食べるために奪い去るのです。父上様。人食い鬼に連れ去られようとする私たち二人を、どうしてあなたは見捨てるのですか。」
また、王子ジャーリンは、母を慕い、泣きながら言いました。
「このブラーフマナが私を害することは、私にとってはそれほど苦痛ではありません。しかし今私は母に会えなかった、そのことが私を切り刻みます。
誰もいなくなった苦行林で、母はきっと長いこと泣くでしょう。私たちのために木の根や果実を集めに行った母が、戻ってきて誰もいなくなったのを見たら、いったいどうなるでしょうか。
父上様。これは私たち二人のおもちゃの馬とゾウと馬車です。その中から半分を母上にあげてください。それによって母上が悲しみを和らげますように。
私どもからのあいさつを母上に申しあげてください。そして母上を悲しみから何としても遮ってください。わたしたちはもう父上にも母上にも再開することは困難になりますから。」
さらにジャーリンは、妹クリシュナージナーに言いました。
「クリシュナーよ。さあ、われら二人はもう命を捨てたものと考えよう。父上がわれら二人をブラーフマナに布施なさったのだから。」
こうして二人はブラーフマナに連れて行かれました。
さて、菩薩は、子供たちのこの上なく哀れなその悲嘆の声に心を揺り動かされましたが、
「私は布施した後で後悔することなど決してしない」
と決意しました。
しかし、癒すことのできない悲しみと激痛の火に心を焼かれつつ、その場に座り込んでしまいました。
しばらくして我にかえると、彼は、子供たちが連れて行かれた現実を改めて考え、涙にむせび泣き、喉を詰まらせながら、独り言を言いました。
「幼くて疲労に耐えられないあの二人は、どうやってあのブラーフマナの家まで、旅をして行けるであろうか。
旅の疲れに打ちしおれた二人を、今やだれが憩わせるであろうか。
堅忍不抜なることの実践を願っている私にとっても、とにかくこれは苦悩である。安穏に育てられた私のこの二人の子供の境遇は、いったいどうなるであろうか。
ああ、子供との別離の火は、私の心をまさに焼き尽くす。
しかし私は、聖者の法をよく念じ、決して後悔はしないであろう。」
つづく
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