ジャータカ・マーラー(2)「シビ王」
ジャータカ・マーラー 第二話
「シビ王」
世尊がかつて菩薩であったとき、シビ族の王として生まれました。彼は幼少のころから、老人を敬うことを喜びとし、戒律を守ることを愛好し、人々から愛される人柄であり、聡明で数多くの学問に通達し、きわめて広大な智慧を有し、勇猛さ・マントラの力・神秘的な能力などもそなえ、大いなる功徳がそなわり、民衆を自分の子供の如くに見て守っていました。
ところでこの王は、布施を愛するがゆえに、都にたくさんの布施堂を作らせて、食物を求める人々には食物を、臥具・座具・衣服・香・花輪・金銀などを求める人々にはそれぞれ欲するものを与えました。
そこで各地の国々の人々は、この王の広大な布施の徳を聞き、驚きと喜びの心をもって、この国にやってきました。
王は彼らを見て、別れていた友と再会したかのように、喜びに目を見開いて、彼らに望むものを与えました。
このような広大な布施を続けても、王の布施の心は満足することはありませんでした。王はこう考えました。
「もし人々に手足さえも求められるような人がいたら、まことに彼は幸福である。しかし私には誰もそのようなことを要求してくる者はいない。皆、ただ財物についてだけ要求してくるだけである。」
さて、王のそのような、自己の手足さえ布施したいという寛大な心、布施に対する一途な思いによって、大地は、夫に愛される婦人のように震えました。
その時インドラ神は、大地が震えるのを見て、いったい何が起こったのかと疑問に思い、それがかの王の殊勝な思いなるが故であると知ると、驚きに心奪われて、考え込みました。
「あの王は、布施の決心のよろいをつけて、布施の大きな喜びに興奮し、自分の手足をも布施する堅い決意をもっている。彼はいったい何を考えているのか。とにかく私は彼を試してみよう。」
インドラ神は、ブラーフマナの盲目の老人に姿を変えて、王の前にあらわれました。老人は王に近づいて、言いました。
「大王さま。私は目が見えません。よってあなたの目が一つ欲しいのです。日常生活は片目でもあればやっていけるでしょうから。」
さてその時、かの菩薩である王は、自分の目を布施できることに最高の歓喜を味わいつつも、その老人に言いました。
「ブラーフマナよ。あなたは誰に教えられて、私に目を乞いにやってきたのか? 誰かの目を他人に移し替えることは、非常に難しいといわれているものだが。」
老人は答えました。
「インドラ神の命令によって、私はあなたに目を乞いにやってまいりました。インドラ神への敬意と、私の願いとを、眼の布施によってかなえてください。」
インドラ神の名を聞いて、王は、実際に自分の目を老人に移し替えることができるだろうと考え、喜びもあらわにこう語りました。
「あなたの願いを、私は満たしましょう。あなたは一つの目を望んでいますが、私は二つの目をも与えましょう。
あなたは私の蓮華のような眼を受け取って、望みのままに行きなさい。」
さてそのとき、王の大臣たちは、王が目を布施しようと決意したのを知って、動揺と興奮と落胆に乱れた心をもって、王に申し上げました。
「布施を歓喜し過ぎるために、理にかなわず、不幸が生ずることも考えずに、眼などを布施してはなりません。
この一人のブラーフマナのために、われわれ皆を無視しないでください。幸福に繁栄している人民を、悲しみの火で焼くことはしないでください。
ブラーフマナには、もろもろの財、宝石、牛、車や象などを与えてください。快適な家を与えてください。しかしあなたの目を与えてはなりません。
さらにまた、大王さま、考慮してください。他人の目がどうして別の人につけられましょうか。王様、決して無茶はなさらないでください。」
王は、大臣たちに次のように答えました。
「差し上げましょうと言いながら、与えないことを考える人は、いったん逃れた貪欲の罠に自らをかけることになる。
差し上げましょうと約束しながら、それと違うことを決心する人は、心の貧しさと決意のなさのゆえに、それ以上にないほどの悪人となる。
差し上げましょうと約束して、人に希望を与えながら、約束を破るような残酷な人は、償えないほどの罪を犯すことになる。
私の殊勝な布施の決意を、君たちが妨害することはできないのだ。」
その時、大臣たちのリーダーは、王に対する愛情の衝動から、礼儀を顧みずに、次のように王に言いました。
「王よ。どうぞそのようなことはしないでください。
わずかの苦行や瞑想によっては決して得られないような名声と天の境涯とを、あなたは無数の布施供養によって獲得してください。
インドラ神の威光にも匹敵する王位につかれながら、それを顧みずに、何を考えてあなたは両目を捨てようとなさるのですか。いったいそのようなやり方はどこで学んだのですか。
あなたはすでに、もろもろの供養によって、神々の中に生まれる権利を得られ、名声はあまねく光り輝き、すべての王たちがひれ伏する。そのようなあなたが、これ以上に何を得ようとして、両目を布施しようとされるのですか。」
王は、大臣のリーダーに対して優しく答えました。
「これは全世界の王になろうとするための努力ではない。天、解脱、あるいは名声を得ようとの努力でもない。そうではなく、世間の人々を救済しようという、この思いが私にはあるだけなのだ。」
そして王は、自らの片目をくりぬいて、老人に与えました。インドラ神の神通力によって、その眼は老人の眼の穴にすっぽりとはまり、老人は片目が使えるようになりました。それを見て王は最高の喜びに満たされつつ、もう一つの目もその老人に与えました。
城の中の者たちも、都の者たちも、大地はあまねく悲しみの涙を流しました。
インドラ神は、王の不動の心を知って、最高の驚きと満足に心を奪われて、こう考えました。
「ああ、なんと堅固な心か。
ああ、なんと勇気あることか。
ああ、なんと衆生の利益を求めていることか。
この行為は、目の当たりにした者も『それは本当か』と疑うほどの、驚くべき行為である。」
その後しばらくして、盲目になった王が美しい園林に蓮華座を組んで座っていると、その前にインドラ神があらわれました。
目の見えない王が、「あなたはどなたですか?」と問うと、「私はインドラである」という答えが返ってきました。
王は言いました。
「ようこそおいでになりました。お望みのことはどうぞ何でも命じてください。」
インドラ神は言いました。
「王族の聖者よ。願い事を言いなさい。望みのものを与えよう。」
その時、布施を常に喜びとする王は、逆に誰かに何かを乞うたことなど今までなかったので、驚きと誇りをもってこう言いました。
「インドラ神よ。私には多くの財と、強大な軍隊がある。しかし今は盲目となってしまった。
布施をした後に、喜びと信の増大によっていっそう美しく輝く者たちの顔を、もう私は見ることができない。それゆえに、インドラ神よ、私にとっては死こそが喜びである。」
インドラ神は言いました。
「だめです。そのような決意はおやめなさい。聖なる賢者たちのみがそのような事態に陥るものですが、私はまずあなたにおたずねする。
物乞いたちのためにこの境遇に至ったあなたの、彼らに対する心は今、どのようなものであるか。それを語りなさい。あなたの心の内を、隠すことなく語りなさい。」
王は答えました。
「インドラ神よ。まさに目を布施したそのときも、そして今も、私に目を乞うたその言葉を、私は祝福のように感じ、喜んでいるのです。
もしこの言葉が真実ならば、一つの目が元通りになりますように。」
すると、王の真実の言葉のゆえに、また殊勝なる功徳のゆえに、王の片目が元通りによみがえりました。
王は歓喜の心を持って、再び言いました。
「私は一つの目を与えたとき、歓喜の心をもってもう一つの目も与えたのです。
もしこの言葉が真実ならば、もう一つの目も元通りになりますように。」
するともう一つの目も、元通りによみがえったのでした。
しかもそれらのよみがえった両目は、普通の目ではなく、あらゆるものを見通す天の眼としてよみがえったのでした。
その時、大地と海は振動し、天には神々の魅惑的な太鼓の音が鳴り響き、美しい花々が天から降り注ぎました。
神々と女神たちは驚きの目を見開いて天空に集まり、快い風が吹き、人々の心は歓喜に満ち溢れました。
そして鬼神たちが歓喜と驚きに満ちて発した次のような言葉が、空間に鳴り響きました。
「ああ、なんと高潔なることか。ああ、大いなる慈悲よ。
見よ、この人の心の清らかな様を。ああ、自らの利益に何と欲のない心か。超越的な勇者よ。あなたに礼拝し奉ります。
素晴らしいことだ。功徳の蓄積は、実に空しからず。まことに久しぶりに、法の栄える勝利があった。」
そのときインドラ神は、王を称賛してこう言いました。
「素晴らしいことだ。素晴らしいことだ。王よ。清らかな願いの人よ。」
そしてインドラ神はその場から消えました。
そして菩薩は、驚きと歓喜に満ちた人々の中に座り、多くの人々に対して次のように法を説きました。
「私のこれらの威神力を具えた眼は、布施の徳によって、再び私に復活した。
これを知るなら、布施をすることを惜しむような人が、誰かあろうか。
他人を愛し、哀れみ、教化するための布施よりも、何か優れた行為があろうか。
私は人間の目を布施することで、人間ならざる天の目を得たのだ。
シビ族の人々よ。汝らはもろもろの布施をすることによって、人生を実り多きものとなせ。この世においても来世においても、これが最上の道であり、安楽を生ずる道である。
財物は取るに足らぬものであるが、それを布施することによって、それは実りあるものとなる。財は布施することによって財宝となる。布施されない財を持っていても、それは持っていないのと同じなのである。」
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