ジャータカ・マーラー(13)「白鳥の王」
ジャータカ・マーラー 第13話「白鳥の王」
世尊がまだ菩薩だった頃、マーサナという大きな湖に住む多くの白鳥たちの王だったことがあり、名前をドリタラーシュトラといいました。
またこのとき、世尊の高弟アーナンダ尊者は、スムカという名の将軍として、ひたすらな忠誠心をもって、ドリタラーシュトラに仕えていました。
この徳高き二羽の白鳥は、神々や聖者たちにも称賛され、有名になっていました。
さてこの頃、ヴァーラーナシーにはブラフマダッタという王が君臨していました。この徳高き二羽の白鳥の噂を耳にしたブラフマダッタ王は、どうしても見てみたいという好奇心に駆られ、よいアイデアはないかと大臣たちに尋ねました。
知恵を振り絞った大臣たちは、白鳥たちが好むような素晴らしい池を作り、白鳥たちをおびき寄せることを提案しました。そこで早速王は部下たちに命じて、マーサナ湖に匹敵するほどの素晴らしい大きな池を作らせました。そしてすべての鳥たちにその池を解放し、鳥たちを安心させるために、一切鳥たちを害することはありませんでした。
あるとき、マーサナ湖に住むある白鳥が、ブラフマダッタ王が作ったその池を偶然訪れました。そのすばらしさに驚いた彼は、マーサナ湖に帰ると、白鳥の王ドリタラーシュトラにその池のすばらしさを告げ、ぜひとも王もそこに行くべきだと進言しました。
その話を聞いた白鳥たちは全員、そこに行きたいと思いましたが、ドリタラーシュトラ王は、「おまえはどう思うかね?」と、将軍スムカの意見を尋ねました。するとスムカはこう答えました。
「そこに王様がおいでになるのはふさわしくないと、私は思います。このマーサナ湖で、私たちにとって欠けているものは一つもありません。
ブラフマダッタ王は美しい池を鳥たちのために作ったようにも見えますが、一般にやさしい情けある人間の心は偽りのものであって、見せかけの甘い丁寧な言葉の裏には、猛烈な悪心が隠されています。王様、よくお考え下さい。
一般に動物や鳥たちは、その鳴き声の意味するものが本心です。しかし人間だけが、本心と逆のことを言うのに器用な動物です。
それゆえ、人間たちを気軽に信用するのはよいことではありません。
しかしもしどうしてもそこへ行かなければならないとしたならば、決してそこに長居することなく、少しだけ楽しんで、マーサナ湖に帰ってくるべきだと思います。」
その後、白鳥たちからたびたび要求されたドリタラーシュトラ王は、ついに承諾して、多くの白鳥たちと共に、ヴァーラーナシーのブラフマダッタ王の作った池へと向かいました。
そしてその池に到着した多くの白鳥たちは、その池のすばらしさに魅了され、心歓喜して、もうマーサナ湖には帰りたくないと思いました。
さて、それを見ていたブラフマダッタ王の部下の者は、王に告げました。
「王様、噂に聞く二羽の優れた白鳥がやってきたようです。黄金色の輝く翼を持ち、平均より遙かに大きな体の二羽の白鳥が、多くの他の白鳥を引き連れて、王様の池にやってきました。」
さて、白鳥たちがしばらくその池で遊んでいたところ、ドリタラーシュトラ王の足が、人間が仕掛けた罠に捕らえられてしまいました。そこでドリタラーシュトラ王は、叫び声を上げてみなに危険を知らせました。白鳥たちは動揺し、苦痛と恐怖に満ちた叫び声を上げて、空へ逃げ去っていきました。しかし将軍スムカだけは、ドリタラーシュトラ王のそばから決して動こうとしませんでした。そこでドリタラーシュトラ王は、スムカに言いました。
「スムカよ、行け、立ち去れ。グスグズしているのはよくない。私がこのような状態に陥った今、おまえに私を助けることはできないのだから。」
スムカは言いました。
「もし私がここにとどまっても死は必ずしも決定的ではないし、またもし私がここから去っても、不老不死があるわけではないでしょう。私は幸福なときに常にあなたにお仕えしてきたのに、王様、不幸に陥ったあなたを、どうして私が見捨てましょうか。
鳥の王よ。あなたの運命がたとえ何であろうとも、その同じものを、私は喜んで受け取ります。」
白鳥の王ドリタラーシュトラは言いました。
「人間の罠にかかった者の行き着く先は、厨房で命を絶たれるだけである。安楽に住している自由なおまえが、そのような運命をどうして喜びとするのだろうか。
このようにして私のみならずおまえまでも命をなくしたら、私に、あるいはおまえ自身に、あるいは残された仲間たちに、何か利益をおまえは見いだすのか?
命を捨てても何の利益もないようなこのような場合に、おまえが命を捨てようとする意味があるのか?」
スムカは言いました。
「鳥たちの中の最も貴きお方よ。あなたはなぜ、ダルマに基づく利益を認めないのですか? 正しく修められたダルマは、最高の利益を生じさせるのです。
この私はダルマを、そしてダルマから生じる利益を知るがゆえに、また、王様、あなたを信愛するがゆえに、私自身の生命を惜しまないのです。」
白鳥の王ドリタラーシュトラは言いました。
「確かに、ダルマを知る友は、苦境にある友人を、自分の生命のために見捨てることはないというのが、まことに善き人々のダルマである。
それゆえに、おまえはダルマを尊重したし、私に信愛の心をあらわした。そこで、この私の最後の願いを叶えてくれ。私が許すから、直ちに立ち去ってくれ。
事情はこのようになってしまったけれど、私がいなくなったあとは、智慧を具足した将軍よ、おまえがしっかりとみなを導いてくれるように。」
さて、互いへの敬愛の念からこのように語っている二羽の白鳥のもとに、ブラフマダッタ王の部下の猟師たちが近づいてきました。猟師はその二羽の白鳥の美しさに驚きました。そして近づいて調べてみると、そのうち一羽はしっかりと罠にかかっていましたが、もう一羽は罠にかかっていないにも関わらずそこから逃げ去ろうとしていないのを見て、いっそう驚いたのでした。そこで猟師は白鳥の将軍スムカに話しかけました。
「この一方の鳥は罠にかかっているが、おまえは罠にかかっておらず、自由である。なのになぜ猟師である私が近づいても、おまえは逃げ去らないのか?」
それを聞いて、白鳥の将軍スムカは、人間の言葉で、こう答えました。
「彼が罠の苦難に陥っているので、私はここから逃げ去らないのです。
この鳥は大きな罠によって、あなたに足を拘束されています。しかし私はそれよりももっと強力な彼の功徳の力によって、心を縛られているのです。」
これを聞いた猟師は、極度の驚きに身体の毛は逆立ち、スムカに再び尋ねました。
「わたしをおそれて他の白鳥たちは彼を見捨てて四方に逃避したが、おまえは彼を見捨てない。この鳥はおまえにとっていったい何なのか。」
スムカは答えました。
「王です。また、私の命と等しい価値の友であり、幸福を与えるお方です。その方が苦難に陥っています。それゆえに、私は自らの命が危険であっても、彼を見捨てることは決してできません。」
尊敬と驚嘆の心で見つめる猟師に、スムカはさらにこう言いました。
「友よ。我々の会話が幸福を生みますように。今、我々を解放することで、あなたがダルマにかなった称賛を得ますように。」
猟師は言いました。
「私は決しておまえの苦痛を望む者ではない。また、おまえは私にとらえられているわけではない。だから、おまえは望むままに去るがよい。そして親族たちを喜ばせるがよい。」
スムカは言いました。
「もしあなたが私の苦痛を望まないのなら、私の願いを叶えてください。もしあなたが一羽の白鳥で満足するなら、彼を解放して、私をとらえてください。
我ら二羽は、背丈も幅も等しく、年齢も同じです。私が身代わりになることを認めなさい。そうすれば、あなたにとっては何の損失もないでしょう。
よく考えなさい。私に欲望を持ちなさい。私を縛りなさい。そして白鳥の王を解放してください。
そうすれば、あなたには何の損失もなく、私の願いも叶えられるでしょう。そして白鳥の群れは喜ぶでしょう。」
そのとき猟師は、残忍さに慣れた残酷な心を持っていたけれど、スムカのその生命を顧みない、主人を愛することを誇りとする、智慧の徳に輝く、強さと優しさに荘厳された言葉に心を奪われてしまい、驚きと尊敬によって合掌しつつ、スムカに言いました。
「素晴らしいことだ、素晴らしいことだ、尊者よ。
主人のために命を捨てようとするあなたがここで示したこのダルマは、人間の間でも神々の間でも希有なことである。
それゆえに、敬意を表して、私はあなたの王様を解放しよう。あなたにとって真に生命よりも愛しているその王に、誰が危害を加えることができよう。」
こう言って、猟師は自分の王の命令を無視して、白鳥の王に敬意を表し、彼を罠から解き放ちました。
スムカはこの上なく歓喜して、やさしく猟師を仰ぎ見ながら、こう言いました。
「友に喜びを与える人よ。あなたが白鳥の王を解放してくださったので、私は歓喜しています。あなたもまた、友人や親戚たちと共に、幾千万年の間、歓喜しますように。
しかしあなたのためにも、あなたは私と白鳥の王を、縛られていない状態でお城に連れて行き、あなたの王様に見せてください。
我々を見れば、あなたの王は歓喜して、あなたに素晴らしいご褒美を与えることでしょう。」
そこで猟師は、二羽の白鳥を縛ることなく棒に乗せて、王様のもとへと連れて行きました。
黄金のように美しいその白鳥を見たブラフマダッタ王は歓喜と驚嘆の思いに満ちて、猟師に言いました。
「この二羽の白鳥は全く拘束されていないようだが、おまえはどうやってこれを手に入れたのか。詳しく話しなさい。」
そこで猟師はこう言いました。
「私は残酷な多くの罠を、鳥たちの遊ぶ場所に仕掛けました。
この白鳥の王がそこへ疑うことなく歩いてきて、罠にかかったのです。
しかし捕まっていないこのもう一羽の白鳥がこの白鳥の王にかしずいていて、自分を身代わりにして私に白鳥の王の命乞いをしました。
明瞭で優しい人間の言葉をしゃべりながら、自分の命を捨てて、胸を打つ願いを語りました。
彼のその立派な言葉によって、また主人のための勇敢な行為によって、私に彼への敬いの心が生じたので、私は自分の残忍な心を捨て、彼の主人を解放しました。
そのとき彼は、私にお礼の言葉を述べて、自分たちを王様のもとへ連れて行くことを促したのです。
私のような残酷な者の心も柔和に変えたその彼が、主人を解放した恩を思いつつ、ここへ自らやってきたのです。」
ブラフマダッタ王はこれを聞いて、歓喜と驚きの心をもって、黄金の椅子を白鳥の王に提供しました。またスムカには、大臣にふさわしい藤の椅子を用意しました。そこで白鳥の王ドリタラーシュトラは、ブラフマダッタ王にこのように言いました。
「あなたの形あるお体に健康がありますように。また、あなたの欠点のない法身は、広大な言葉の布施と共に息吹が感じられます。
あなたは人民を守ることに献身的であり、その名声の輝きと慈愛はいや増しています。
また、清潔な心ゆえに詐欺を全く離れた、忠実で有能な大臣たちに、あなたは人民の利益を観察させておられます。
あなたの智慧と勇猛さにその力を奪われた近隣の王たちも、あなたに懇願しています。あなたは慈悲心に随順し、怠惰に至りませんように。
勇者よ、あなたの行為は賢者たちに是認されるものでありましょうか?」
ブラフマダッタ王は、こう言いました。
「白鳥の王よ、今や私は大変幸福である。なぜなら、永く望んでいた善き友との出会いが得られたのだから。
あなたが罠にかかったとき、軽率なその猟師は、あなたに杖などで害を与えなかったでしょうか?」
白鳥の王ドリタラーシュトラは言いました。
「大王よ。このような真の苦難の時でさえ、私には平安がありました。この猟師は私にひどいことは全くしませんでした。
私への愛情のゆえに、縛られていないのに縛られているかのようにじっと動かないスムカを見て、この男は好奇心と驚きをもって、やさしく話しかけました。
そしてスムカの誠実な言葉に心を魅了されて、この男は私を罠から丁寧に、尊敬しながら解放してくれました。
それゆえにスムカは、この男の利益を願いました。ここに我々がやってくれば、彼にとっても幸せが生ずるであろうから、と。」
ブラフマダッタ王は言いました。
「あなた方をここに歓迎します。あなた方に会えた幸せのゆえに、私はとても喜んでいます。
今、この猟師に大いなる財物を与えよう。」
そうしてブラフマダッタ王は猟師に多くの財物を与えると、白鳥の王に言いました。
「あなた方はここを自分の住居だと思いなさい。私に対する面倒な行儀は必要ありません。
何が必要か、どうしてほしいか、何でもそれを遠慮しないで言いなさい。」
白鳥の王ドリタラーシュトラは、ブラフマダッタ王が慈愛の行いをこの上なく好むことを知って、称賛しながら彼にこう言いました。
「聖者のごとく修行と瞑想に専念しているあなたには、諸々の功徳が具わっています。
幸福の功徳は祝福を得、罪過の砦には幸福は住むことはない。功徳と罪過のこの本質を知っている心ある人は、誰がエゴの悪道に向かうであろうか。
栄光あるインドラ神でさえも、諸々の功徳に注意する。功徳のある人々こそが尊敬される。諸々の名声は諸々の功徳より生じる。威徳の大きさは、諸々の功徳をよりどころとする。
諸々の功徳は、敵どもの心を真に静める。怒り・高慢・傲慢で粗暴な心をも、根深い怨みや強い嫉妬の心をも。
大地の守護者よ、それゆえに、強力な威光を伴う諸々の功徳によって、世間の人々の功徳への愛好を目覚めさてください。
王の最高の義務は、人民の利益である。その道こそ、この世とあの世の幸福にいたるものである。そしてそれは王がダルマを愛するときに成就するであろう。なぜなら、王のおこなう所に民は従うものであるから。
それゆえに、あなたはダルマをもって国土を治めてください。そしてインドラ神があなたを守りますように。」
このような素晴らしい言葉を交わしたあと、白鳥の王ドリタラーシュトラとその将軍スムカは、けがれなき秋の美しい空に飛び立っていきました。そしてマーサナ湖の仲間たちのところへ戻ってきて、彼らを大変喜ばせました。
その後しばらくして、白鳥の王ドリタラーシュトラは、他の多くの白鳥の仲間たちと共に再びブラフマダッタ王のもとを訪れて、法を説きました。
このような、不幸に陥った際の善き人々の行為を、悪人たちは真似ることはできません。まして幸福な状態にあるときはなおさらです。
誠実な善き言葉は自利と利他双方の利益をもたらすので、誠実な善き言葉を称賛する際に、このエピソードが引用されるべきであるといわれます。
また、素晴らしき友を称賛するときにも、このエピソードは引用されるべきであるといわれます。素晴らしき友を持つ人々の目的は、苦難の中にあっても成就されるのだと。
そして世尊の高弟であったアーナンダ尊者が、その前世においても世尊の善き仲間であったことを示す際にも、このエピソードは引用されるべきであるといわれます。
このようにアーナンダ尊者は、長い間世尊に付き従い、世尊に愛と尊敬を抱き続ける者であった、と。