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シュリーラーマチャリタマーナサ(15)「ヒマーラヤの娘」

「ヒマーラヤの娘」

 パールヴァティーが誕生してからというものは、ヒマーチャルの家では吉時が相次いだ。財貨は倉庫に溢れ、幸せは地に充ちた。ヒマーチャルが場所と資金を提供し、聖仙人たちは山脈の至るところに神聖な道場を開く。神々に祝福されたヒマーラヤの山並みには、百種百様の新樹が育つ。樹々は年じゅう色鮮やかな花を咲かせ、枝もたわわに実をつける。値の知れない宝玉を豊かに内蔵する秘抗が、いくつも地面に現れ出る。渓流には不死の良薬アムリタにも劣らない聖水が常に流れる。鳥獣虫魚、生あるものはすべて生命の歓喜を謳歌する。毒虫害獣も持ち前の敵意を忘れて、お互いに愛しあい助けあって暮らしはじめる。

 ラーマ信者が荘厳の相を得て、しまいには自ら輝き出すように、パールヴァティー様のご誕生はヒマーラヤ山脈を光り輝く山に変えた。ヒマーラヤの王ヒマーチャルの家では、連日連夜創造神ブラフマー様をはじめとする神々のご神徳を讃える祝宴が催される。

 話を伝え聞いた天人の師ナーラダ仙人は、喜びを抑えきれずにヒマーチャルの家を訪ねる。ヒマーチャルは最高の敬意を示して仙人を歓迎する。上質の褥を敷いて座らせ、足を洗ってやり、王妃ともども足に額をすりつけて礼拝する。次いで仙人の足を洗った水を浄めの水と崇めて、部屋じゅうに撒き注ぐ。聖者を家に迎えた幸せを感謝しながら、ヒマーチャルは娘を仙人の膝の上に乗せて、願いを切りだす。

「ナーラダ様! あなたは仙人のなかの仙人、三世を見とおす大智者、真理に通暁した覚者であられます。そこであなたに、祈り入ってお願いがあります。どうか、この娘の相を見て、運勢を占っていただけませんでしょうか?」

 ナーラダ仙人は穏やかな微笑を浮かべてうなずくと、甘美な声ですこぶる意味深長な託宣を伝える。

「この娘はあらゆる吉相を備える福徳の鉱山です。生まれつき、利発で、素直で、美貌に恵まれています。成長して、ウマー、アンビカー、バワニーという別名でも呼ばれるようになります。運命はすでに決まっております。この娘の全身に比類のない吉祥の相が見えているのです。将来夫となる男性に、限りなく愛されます。誰からも愛され、貞女の理想像と崇められます。この娘の名前を念じながら、多くの婦女が、剣の刃にも例うべき険しい貞節の道を進んでいきます。この娘の養育には、なんの苦労もないはずです。それどころか、この娘の両親であるという因縁によって、あなた方は後の世に大変な名声を博することになりましょう。

 おお、ヒマーラヤの王よ! この娘はそのような福相を余すところなく備えているのです。ただ、二、三の不吉の相もあります。それについてもお話しいたしましょう。超属性、非意、非情、諦観、悲傷、懐疑などといった特質を持つ苦行者、裸形、蓬髪、全身に不吉の相を現す世捨人、そんな怪物と結婚することになります。手相にもそのような線が刻みこまれているのです。」

 聖仙人の予言に偽りはないと思うと、両親の嘆きは深まるばかりである。パールヴァティー様だけが、独り無心に喜んでいる。ナーラダ仙人とて、もとよりすべての真実が分かっていたわけではない。外見は全く同じに見えても内面の理解は人それぞれに違う場合が多い。パールヴァティー様、父ヒマーチャル、母マイナーをはじめ王宮の人たちは誰もが、それぞれの気持ちのままに喜んだり悲しんだりしている。みな体は震え、眼は涙で濡れている。

(昔から、聖者の予言に嘘があったためしがない。)

と考えて、パールヴァティー様は仙人の言葉をしっかりと胸のうちにしまいこむ。それと同時に蓮華にも例うべきシヴァ様の御足に思幕を募らせるが、一方ではお目にかかるのは多分無理であろうとも考える。いまはまだ、その時期ではないと思ったのである。そこでシヴァ様への思幕の念を胸の底に深く秘め、一人の侍女のところへ歩いて行ってちょこんと座る。

 聖仙人の予言の重みを思えば思うほど、父ヒマーチャル、母マイナー、宮中の賢い侍女たちの心配は、ますます深くなるばかりである。しばらくしてようやく心の落ち着きを取り戻したヒマーラヤの王ヒマーチャルは、
「聖仙人様! わたしどもとしては、いま何をしたらよいのでしょうか?」
と伺いをたてる。

「雪山の王、よくお聞きなさい。創造主によっていったん額に書き込まれた運命は、天人、魔神、龍王、仙人、誰であれ消すことはできません。とはいっても、一つだけ道があります。神のお加護があれば、あなたの願いが叶えられることも可能です。パールヴァティーの夫となる男性は、紛れもなくわたしが先程指定したとおりの怪物でありましょう。

 ところが、それは、そっくりそのままシヴァ様の特徴にあてはまります。もしこの娘がシヴァ様に嫁ぐなら、凶兆や悪相もかえって吉兆、良相に変わり、万人にもてはやされる由縁になります。ヴィシュヌ神が蛇の褥の上に寝ていられても誰も悪くは言いません。太陽と火の精は、善悪をひっくるめてすべてを焼き尽くしても責められることがありません。ガンガーがどんな水を合わせ集めて流れても、誰も不浄の川とそしりはしません。識者は常に、太陽、火の精、ガンガーのありのままの姿を、素直に正しく評価するものです。

 もし愚か者が浅知恵を恃んで、神意にもとる悪論を振り回すならば、その者は地獄に堕ちて一カルパのあいだ外に出られなくなります。現世の生類はそのままの姿で、神と全く同等に自由になることはできません。シヴァ様は、その奇怪なお姿のままで、完全無欠なのです。それはシヴァ様が神だからです。仮にガンガーの水で造られたものであっても、酒と知れば聖者は決して口にはしません。同じ酒がガンガーに戻れば、また清浄な水に変わります。神と生類の関係もまさに、そのようなものです。

 大神シヴァ様にお仕えするには、大変な苦行が必要です。苦行をする者には、シヴァ様は容易に心を許されるのです。パールヴァティーが苦行をはじめるならば、苦行につきものの耐えがたい苦痛をシヴァ様が取り除かれるとも考えられます。この世に花婿となる男性は数限りなくいますが、パールヴァティーにふさわしい相手はシヴァ様をおいてほかにはありません。シヴァ様との結婚には、あらゆる奇瑞、慶祝、吉祥が付随します。

 シヴァ様は神意を授けられる善神です。弱者の悲悩を癒やす大覚者、信者の魂を救う救済者です。シヴァ様のご慈愛は、果てしなく広く、底知れず深いのです。いまあなた方にとって大切なことは、シヴァ神を一心に礼拝賛嘆することです。それ以外には、たとえ何千万の苦行、称名、祭祀を行っても、望みどおりの果報は、けっして得られません」

 神を祈念しながら、シヴァ様のご神徳とパールヴァティー様の徳性を賛嘆し終わると、ナーラダ仙人はなお続ける。

「ヒマーラヤの王よ! 疑念を払って神のご慈愛を信ずることが肝心です。パールヴァティーは必ず幸せになります」

 最後にそれだけ言い残すと、ナーラダ仙人は静かに天界に昇って行く。

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