yoga school kailas

グル・リンポチェ(大聖パドマサンバヴァ)(5)

◎チベットにおける救済活動

 グル・リンポチェがタクマル・ティンザン寺で供養をおこなっているとき、神像がまるで生きているように動いて、供物を召し上がりました。
 その後、グル・リンポチェはヘポリの丘の頂上に行き、熾烈なヴァジュラのステップで空を駆け巡って踊り、次のような「すべての尊大な存在を打ちのめす」ための歌をうたい、チベットの霊たちを支配下に置きました。

「おお、神よ、悪魔よ、寺院を建てよ
 働くためここにいる群衆と、謙虚さと順守さをもって、
 ティソン・デツェンの願いを叶えよ!」

 その後、霊たちの助けを借りて、摩訶不思議な僧院は支障なく建てられました。インドのオーダンタプリー僧院をモデルとして、伝統的インドの宇宙観に基づいた設計で建設されたサムイェーの中心部の主要な寺院は、スメール山を象徴する三層から成り、ニルマーナカーヤの浄土を表す下層階は、インド建築の様式で建設されました。またサンボーガカーヤを表す中間階は中国建築の様式で建設され、ダルマカーヤを象徴した上層階はチベット建築の様式で建設されました。八つの半島を表わす八つの小さな寺院の間に、四つの大陸を表わす四つの大寺院が中心部から四方向に建設されました。太陽と月を象徴する二つの寺が東と西に建てられ、聖なる四隅には四つの大きなストゥーパが建てられました。風呂、更衣室、住宅施設もまた配置されました。

 またそのすべての建造物は、108の小さな仏塔を乗せた高い壁に囲まれ、壁の外には三人の女王によって三つの大寺院が建てられました。すべての僧院は五年で完成し、グル・リンポチェとシャーンタラクシタによって、吉兆の素晴らしいサインに溢れた式典がおこなわれました。寺に安置されていた神々の像はまるで生きているように出入りをし、空からは花々の雨が降り注ぎ、甘い音楽が流れ続けました。驚きに包まれた人々は驚嘆と熱気の中で式典を祝いました。食べ物やその他のもてなしが提供され、皆がそれを楽しみました。人間の姿をまとった真の仏陀であるグル・リンポチェと、シャーンタラクシタは、あらゆる職業や階級の人々と共に式典に出席していました。真理の光は来たるべき時代のためにチベットで確立され、そこにはただ歓びと安らぎだけがありました。

 サムイェーは、瞑想や礼拝、教学、研究、執筆を行なう重要な場所となりました。この僧院は仏教の聖なる経典や、像や、それらと共にインド、中国、ネパール、中央アジアから持ち込まれた貴重な宝物の大きな図書館、博物館でした。また、偉大な師たちが教えを説き、熟練した学者や成就者となった幸運な生徒達、チベットへ仏教の経典を翻訳したインドやチベットの学者たちを送り出す場所となりました。

 ティソン・デツェン王やシャーンタラクシタ僧院長、グル・リンポチェ、ヴィマラミトラ師と、インドやチベットの学者たちの支援のもと、仏教はチベットにおいて確実に確立されていきました。学者たちはスートラとタントラの両方の教えを説き、多くのチベット人が偉大な学者や成就者になりました。ヴァイローチャナをはじめとした多くの偉大なチベットの翻訳者たちは、ヴィマラミトラやシャーンタラクシタ、グル・リンポチェ、そしてカマラシーラといった偉大なインドの学者たちの指揮のもと、多数のスートラやタントラをチベット語に翻訳しました。

 シャーンタラクシタは、チベットで最初の仏教僧として、七人の若いチベット人を選びました。彼らが僧院の規律に従い、合格したあと、数百人がそれに続き、世界で最も巨大な僧院組織のひとつになりました。

 グル・リンポチェは、ティソン・デツェン王やその家臣たちに、さまざまな教えやアビシェーカ、そしてタントラの伝授、特にグル・リンポチェがインドで八人の偉大な師から受け取った八つのマンダラの偉大なサーダナを授けました。このアビシェーカの多くの受取り手の中で、八人がそれら八つのサーダナの有名な熟達者となりました。
 この時期のあいだに、サフラン色の僧衣をまとった僧院に住む禁欲主義の出家修行者と、白衣をまとい長髪で寺や村に住む在家の修行者という二つの体系が確立されました。
 白衣の在家の修行者の体系の導入により、ダルマは草の根レベルで保持され広がりました。

 グル・リンポチェと彼の配偶者のイェシェー・ツォギャルは、神通力を使ってチベット中を移動し、チベット人や他の生類の幸福、安全、未来の智慧のために絶えず働きました。二人はサーダナを行い、祝福を与え、体や手足の印を残し、そしてたくさんのテルマを隠していきました。

 グル・リンポチェは、たとえばタクツァン(今のブータン)などの十三の異なる場所で、ドルジェ・トロ(気の荒い激怒のヴァジュラ)として憤怒の姿で現われ、すべての非人間的存在を調伏しました。
 グル・リンポチェがチベットを訪れているあいだ、彼は三つの主な目的を成就しました。
 はじめに、チベットでの仏法の確立の障害となっていた人間や非人間的存在の力を、霊的な力によって制圧しました。
 次にグル・リンポチェは、多くのチベット人弟子たちや支持者たちのために、一般的には仏教の教えを伝達し、特別にはタントラの祝福された力をもたらしました。
 そして、遠い将来において深遠な教えや神聖な書物などが雑に混合したり損なわれたりしないよう、また未来の支持者たちに彼らの祝福の力が再び注がれるように、グル・リンポチェは、ツォギャルと共に深遠な教えをテルマとして隠しました。グル・リンポチェの支持者たちは、彼のテルマの伝承によって、今日でもありありとした祝福の力と共に、彼の教えと予言を適宜に受け取っています。

 テルマの発掘方法は、主に二つに分類されます。第一は地球上の物質的テルマ(サテル)で、たとえば黄色い紙の巻物に書かれた象徴文字などがあります。しかしその象徴文字は、単なる発掘のための鍵に過ぎません。テルトンが象徴文字を発掘したとき、象徴文字を読み取り、ありのままの智性によって、彼の中に隠されていたグル・リンポチェのヴァジュラの説法の智慧の力を呼び起こします。それによって言葉の解読が可能になり、隠された成就と隠された教えの伝達が、テルトン自身の中に次々と呼び覚まされます。テルマやテルマの実体を支えるものとして、象徴文字に加えて、岩や湖、土や空から発見された完全な書物や薬材、画像や儀式の道具といった何千もの発見物もあります。

 二番目のカテゴリーは、精神的テルマ(ゴンテル)で、外的な要素に頼らないこと以外は、地球上の物質的テルマと同様です。 
 精神的テルマの多くは、発掘の要因となる象徴的な言葉や音をヴィジョンで見たり聞いたりしますが、テルマを発見する方法として、通常は外界の情報源に頼りません。テルトンは、環境や機が熟したときに、内在的覚醒の広がりから無意識のうちに、精神的テルマを発見します。

 また、「純粋なヴィジョン」として知られる、教えの神秘的発見の三つめの重要な体系があります。それはテルマではありませんが、仏陀やダーキニー、ヴィジョンの中の師によって与えられる教えです。
 ただし、これによってテルマが発見される場合もあります。

 ニンティクの教えに関して、十七のタントラと、カンドゥ・ニンティクも含めたゾクチェンのメンガグデのタントラを、グル・リンポチェは、ツォギャルに内々に伝えました。
 その後、サムイェーの近くのチンプーで、ティソン・デツェン王の娘のペマサル王女が八歳でこの世を去ったとき、グル・リンポチェはその力によって王女の意識を肉体に呼び戻し、王女はニンティクのメッセージと教示を法の相続として受け取り、死にました。グル・リンポチェはツォギャルに、「今はヴィマ・ニンティクが人々に利益をもたらす時期だ。だからカンドゥ・ニンティクの教えは、テルマとして隠しなさい」と指示しました。

 そしてグル・リンポチェは王に言いました。

「エマホ! 偉大なる王よ、わたしの話を聞きなさい。
 この世には本質はない
 代わりにこの世には、際限なく回り続ける苦しみの循環だけがある。
 ダルマカーヤの王国の不朽の統治を必ず達成しなさい。
 不生なる究極の領域の本質を悟りなさい。
 森の中で、孤独の本質にとどまりなさい。
 隠居所、究極の本性、清澄と空の融合の本質を探しなさい。
 生まれもった精神の本性の家の中でくつろぎなさい。
 念と正智の調理場の本質を築きなさい。
 悟りの二重の精神という宝物の本質を育てなさい。
 智慧と徳の二つの富の集積という本質を持ちなさい。
 十の高徳な行ないの利点の本質の中で、自身を発揮させなさい。
 あらゆる存在への慈悲という、父なる神の本質を見つけなさい。
 空の本性という母なる神の本質を維持しなさい。
 完成と発達のステージの不可分性という子供たちの本質を持ちなさい。
 輝き、至福、無分別という生涯の伴侶の本質を瞑想しなさい。
 スガタの教えという友の本質を見つめなさい。
 不変の明瞭さの曼荼羅の本質をよく観察しなさい。
 心の従順さの教えの本質に従いなさい。
 不変の透明と空という景色の実体を目撃しなさい。
 ありのままの心の本性という瞑想の中でくつろぎなさい。
 活動の根底である二元的妄想を取り除きなさい。
 努力のない自発的完全性の結果の本質を成就しなさい。
 そうすれば、今生も来世も幸せでいられるだろう。
 そしてまもなく、ブッダの境地に到達するだろう。」

 グル・リンポチェの指示通りに、ツォギャルはメンガクデの指示書とタントラ、そしてカンドゥ・ニンティクの教えを隠しました。数世紀後、ペマ・レデルツァルというペマサル王女の生まれ変わりが、タモ・タクに隠されていたカンドゥ・ニンティクのテルマを持ち出しました。
 王女の次の転生はロンチェン・ラブジャムで、ニンティクの教えを、説法や執筆によって広く流布する使命にありました。

 サムイェー僧院の中央礼拝所の二階で、グル・リンポチェは、ティソン・デツェン王、イェシェー・ツォギャル、ヴァイローチャナに、ロンチェン・ニンティクのメッセージと教えを与えました。そしてさらにグル・リンポチェは、これらの教えはティソン・デツェン王の転生であるジグメ・リンパとヴィマラミトラによって発見されるだろうという予言を添えました。
 ティソン・デツェン王は六十九歳で死に、ムーネ・ツェポ王子が後継しましたが、彼はたった一年と六~七ヶ月のあいだ在位したあとに死んでしまったため、彼の弟のムティ・ツェポ王子が後を継ぎました。

 それから五十五年と六ヶ月が経ったあと、木の猿の年(西暦864年)、グル・リンポチェは、ムティ・ツェポ王と大臣たちが止めるのも聞かずに、チベットを離れ、彼が顕在する浄土である【サンド・ペリ(銅色に輝く山)】へと向かうことになりました。王と膨大な数の信者達は、マンユルのクンタン峠まで、グル・リンポチェにお供しました。クンタン峠において、王は次のように言って嘆きました。

「ティソン・デツェン王は天へと旅立たれた。
 ウッディヤーナのグルは、彼の浄土へ行こうとしている。
 ムティは、チベットに残されてしまうのか。
 父の生はとても短く、
 グルの思いやりはあまりにも限られている。
 わたしの功績はあまりにも貧しい。
 今や、ダルマの法の機関は減退してしまった。
 チベットの民の喜びの対象は尽きてしまった。
 グルと父がいらっしゃるあいだに
 どうして私は死ななかったのか!」

 グル・リンポチェは、王と家臣たちを慰めてこう言いました。

「若いあいだにダルマの実践をし、自身の力を発揮せよ。
 老人になると、ダルマを理解することはむずかしい。
 おお、王よ、家臣たちよ。人生は束の間である。
 野暮な考えを持ってしまったときは、その対象と自己の心を見よ。
 識別をせず、自然にくつろぎなさい。
 おお、王よ、家臣たちよ。見識を解明することは極めて重要である。
 慈悲がなければ ダルマの訓練の根は腐っているということだ。
 輪廻の苦しみの特徴について、繰り返し考えなさい。
 おお、王よ、家臣たちよ。ダルマへの専念を先延ばしにしてはならない。

 敬虔な人々は、自分たちで目的に到達する。
 ダルマから離れるいかなる理由も存在しない。
 生きているうちに、ダルマの経験を努力して獲得しなさい。
 死のあとに儀式に頼るのでは遅すぎる。
 敬虔な人々のために、パドマサンバヴァはここにいる。
 祈る人々のために、彼らの扉のところに私はいる。
 今、パドマサンバヴァは、チベットに留まらず、ラークシャサの地へ向かう。
 木の上から飛び立つ鳥のように。」

 空に浮かぶ色とりどりの雲の中央から、装飾された聖なる馬が現れ、賛美歌と甘い音楽に包まれて、グル・リンポチェはイェシェー・ツォギャルと多くの聖なる存在たちと共に、西の空へ向かって高く上っていきました。
 そしてグル・リンポチェと一行の影はだんだん小さくなり、音楽もゆっくりと消えていきました。王と集まった家臣たちの頭上には、ただ静かに澄み切った何もないチベットの空だけがありました。
 一方で、グル・リンポチェの出発を違う形でとらえていた人々もいました。ある人々にはグル・リンポチェがライオンに乗って去ったように見え、ある人々には太陽光線に乗っていったように見えました。
 グル・リンポチェとイェシェー・ツォギャルは、チベットを去ったあと、ツァワ・ロンの神聖な洞窟に降りたちました。グル・リンポチェはさらなる教えと予言をツォギャルに与えたあと、愛と思いやりをもって別れを告げ、次のような言葉を残し、光とともに空へと昇っていきました。

「おお、イェシェー・ツォギャルよ、聞きなさい。
 パドマサンバヴァは、素晴らしい至福の地へと行く。
 わたしは、不滅の神性の中にとどまる。
 一般的な死における心身の分離と共通するものは何もない。
 鍛錬の真髄であるグルヨーガを瞑想しなさい。
 あなたの王冠の上にある蓮華と月の上に、光の真ん中にある二本の足、
 あらゆる存在のグルであるパドマサンバヴァを思い描きなさい。
 観想が明確になってきたら、力を受け取り、熟考しなさい。
 祈りの心の真髄である、グルのシッディ・マントラを唱えなさい。
 最後に、あなたの三つの扉をわたしに密接に統一させなさい。
 グルの心の本性を悟ることに、強い願望を生じさせ、捧げなさい。

 ゾクチェンの本質を易々と熟考しなさい。
 これより優れた教えはない。
 パドマサンバヴァの愛は、常にそこにある。
 たとえわたしがこの場所を離れても、チベットへの深い私の哀れみの光の輪は、絶たれることはない。
 祈りを捧げる子供たちのために、わたしはいつも彼らの前にいる。
 わたしに信を持つ人々は、決してわたしと離れることはないだろう。」

 グル・リンポチェは、自発的成就のヴィディヤーダラとして、目に見えない世界の明らかな浄土であるサンド・ペリ(銅色に輝く山) に、今なお存在していると信じられています。自発的成就のヴィディヤーダラは、成就の最後のステージで、完全な仏陀になるほんの手前のステージです。その悟りと活動は仏陀のそれと似ていて、その姿形はサンボーガカーヤと同等です。この成就は、菩薩の十番目のステージと同等です。

 チベットにおけるグル・リンポチェの数多くの弟子たちの中で特に偉大なる者は、王と二十五人の家臣であり、イェルパで虹の身体を獲得した八人の成就者であり、百八のチュウォ山の瞑想家であり、三十人のタク谷のタントリカであり、五十五人のヤルルン谷で悟り得た者たちであり、二十五人のダーキニーと七人のヨーギーです。

 また、グル・リンポチェには、高い悟りを得たチベットの女性の弟子たちがいました。 
 トのティサムは、空を飛びました。 
 マゴのリンチェンツォは、太陽の光に彼女の服を掛けました。 
 オチェのカルギャルパクは、ダーキニーのヴィジョンを見ました。 
 チョクロのチャンチュプは、火と水を体の中に同時にあらわしてみせました。
 カルチェンのイェシェー・ツォギャルは、体の各々の部分に、さまざまな仏陀の存在をあらわしてみせました。
 ジンのラカルマは、空を飛び、障害なく地面の中に入っていきました。
 シュクのシェーラプ・パクマは、記憶の中に膨大な仏陀の教えの集積を持っていました。
 バのラモヤンは、瞑想的没頭の完全なる力を通して、人々のさまざまな願いを叶えました。
 シーカルのドルジェツォは、竹の杖の上に立って、ブラフマプトラ川を渡りました。

share

  • Twitterにシェアする
  • Facebookにシェアする
  • Lineにシェアする