カル・リンポチェ(3)
◎誕生
ツァドラ・リンチェンドラの隠遁所はジャムグン・ロドゥ・タイェによって創設されたが、彼の住居はゾンサル・ゴンパと呼ばれる小さな僧院だった。そこはラタク・トゥルクが、彼の後援者たちとの約束を守ったのちに訪れたところであった。そして彼はジャムグン・ロドゥ・タイェの死去後、数年間、家族とともにそこで暮らした。
この期間中のある夜、ラタク・トゥルクの夢の中にジャムグン・ロドゥ・タイェが現われて、彼にこう告げた。
「あなたのところへ行き、あなたの家族を借りる。」
この同じ夜に、未来のカル・リンポチェがドゥルカルの胎に宿ったのだった。
数ヶ月後、ラタク・トゥルクと家族は、多種多様な薬草で知られる地域に位置するリダク・ゴンペルという小さな僧院に居を移した。ラタク・トゥルクはラマであり、医師でもあった。チベットでは、医師が薬剤の調合の全般を担っていた。
ある朝、ラタク・トゥルクは、妻と彼の助手とともに植物を摘みに出かけた。すると、まだ開花する季節ではないのに、彼の家の右手にたくさんの花が咲いているのに気付いた。彼はそれを吉兆なサインとしてみなした。
しばらくして、彼の妻は体調が悪くなった。まだ出産の時期ではなかったが、大事を取って、彼は彼女に帰るように勧めた。そしてラタク・トゥルクは植物を採取し続けた。
ドゥルカルは家に戻った。彼女は玄関まで続く階段を上りながら、痛みはないが、ついに出産のときがきたと感じた。
彼女は急いで中に入り、今にも子供が生まれそうだと母親に告げた。
「心配しないで。」
母親は言った。
「子供がそんなに簡単に生まれるだなんて、どこで耳にしたの?」
しかしドゥルカルが寝室に入るとまもなく、痛みもなく、また時間もかかることなく子供は生まれた。
「生まれたわ!」
彼女は母親にこう叫んだ。
「今なんて言ったの?」
母親は「そんなことはありえないわ!」と疑いつつ、寝室へ向かいながら、「それで赤ちゃんはどこにいるのよ?」と言った。
彼女はその証拠に直面して、認めざるを得なかった。赤ん坊はそこにいたのだ。鳥は変わった鳴き声で鳴きはじめ、特別な雨(チベット人は「花の雨」に例えて言う)が家の上に降っていたと、目撃者たちは語っていた。ラタク・トゥルクは鳥の鳴き声を聞き、その雨を見て、いったい何が起きたのかと思った。帰宅した彼は、使用人の話していることが信じられなかった。こうして彼の息子が誕生したのだった。
誕生の瞬間に、ジャムグン・ロドゥ・タイの僧院では数多くの素晴らしいサインがはっきりと現われ、シトゥ・リンポチェ、 ゾクチェン・コントゥールといった偉大なラマたちも、特別な内的体験を感じていた。