yoga school kailas

「誓約期間の終了」

(33)誓約期間の終了

☆主要登場人物

◎ユディシュティラ・・・パーンドゥ兄弟の長男。クンティー妃とダルマ神の子。
◎アルジュナ・・・パーンドゥ兄弟の三男。クンティー妃とインドラ神の子。弓、武術の達人。
◎ドゥルヨーダナ・・・クル兄弟の長男。パーンドゥ兄弟に強い憎しみを抱く。
◎ヴィラータ王・・・マツヤ国の王。
◎ビーシュマ・・・ガンガー女神と、クル兄弟・パーンドゥ兄弟の曽祖父であるシャーンタヌ王の子。一族の長老的存在。
◎ウッタラ王子・・・ヴィラータ王の息子。
◎ドラウパディー・・・パーンドゥ五兄弟の共通の妻。

※クル一族・・・盲目の王ドリタラーシュトラの百人の息子たちとその家族。
※パーンドゥ一族・・・ドリタラーシュトラの弟である故パーンドゥ王の五人の息子たちとその家族。パーンドゥの五兄弟は全員、マントラの力によって授かった神の子

 ヴィラータ王は、トリガルタのスシャルマン王を撃退し、市民の熱烈的な歓迎の中を、都へと凱旋しました。ところが宮殿に帰ってみると、愛するウッタラ王子がいません。女たちが興奮した面持ちで、王が留守の間にクル軍が突如襲ってきて、王子はクル軍を打ち倒すために出撃した、と言いました。彼女たちは、自分たちの愛する美しい王子が、全世界を征服してもおかしくないと信じ込んでいるのでした。
 しかし現実を知っているヴィラータ王は、絶望の気持ちに襲われました。大事に育てられた柔弱な王子が、こともあろうに宦官などを御者にしてあのクル軍に一人で立ち向かっていったなど、狂気の沙汰に思えたからです。王は苦悶のあまりに叫び声を上げました。
「ああ! かわいい息子が死んでしまう!」

 王は急いで重臣たちを集め、最強の軍隊を戦場に送って、もしまだ王子が生きていれば救出してくるようにと命じました。

 しかしそうこうしているうちに戦場から使いがやってきて、うれしい知らせを告げました。なんとウッタラ王子がクル軍を撃退したというのです。王がどれほど親ばかでも、さすがにこれは信じられない報告でした。しかしカンカが微笑みながら王に言いました。
「王よ、疑ってはいけません。彼の報告は事実でしょう。ブリハンナラが御者として行ったなら、成功は確実です。ウッタラ王子がクル軍に勝利なさっても、別に驚くようなことではございません。」

 王はカンカの言葉を聴いて、変なことを言うやつだと一瞬思いましたが、親ばかからくる喜びがすべてを押し流しました。王はうれしい使いを持ってきてくれた使者に財宝を褒美として与えると、大祝賀会を催すようにと大臣たちに命じました。

 そして王はウッタラ王子の帰還を待ちましたが、どうも興奮して落ち着いていられず、カンカに言いました。
「私はどうも落ち着いていられないのだよ。さあ、王子が戻るまでの間、さいころ遊びをしよう。」

 こうしてヴィラータ王はカンカとさいころ遊びを始めましたが、その間も王は息子の自慢話ばかりするのでした。
「どうだね、私の息子のすばらしいこと! なんといったって、あの世にも名だたるクル軍の兵士たちを打ち負かしたんだよ!」

 「まったくです!」
と、そのたびに、カンカは笑いながら答えました。
 「王子はまったく運のいい方です。最強の幸運をもった方でなければ、ブリハンナラを御者にすることなどできませんからね!」
 カンカが何度もこのように言うので、ヴィラータ王はついに腹を立てて怒鳴りました。
「いい加減にしろ! お前はなぜしつこく、あの宦官のことばかりしゃべるのだ!? 私の息子の勝利の話をしているのに、お前は御者のブリハンナラのことばかりを賛美する。御者の運転技術のよしあしなど、勝利にあまり関係ないだろう。」

 しかしカンカはさらに言いました。
「私はいい加減なことを言っているのではありません。ブリハンナラが戦いに加わったのなら絶対負けませんし、誰が一緒でも、どんな戦いでも、必ず勝つことになっているのです。」

 息子を馬鹿にされたように感じたヴィラータ王は、ついに堪忍袋の緒が切れて、持っていたさいころをカンカに投げつけ、そして手でカンカの頬を打ちました。カンカの顔からは血が流れてきました。

 それを見ていたサイランドリーは、カンカの顔から布で血をぬぐい、それを黄金のコップに絞りいれました。
 ヴィラータ王はいらだって言いました。
「それは何のまねだ? なぜ、血を黄金のコップに入れるのだ?」

 サイランドリーは答えました。
「王様、出家僧から流血させ、地面にこぼしたりしたら、あなたの領土には何年間も雨が降らなくなります。だからこうして黄金のコップに注いでいるのです。あなた様は、カンカの偉大な力をご存じないようです。」

 そのとき、ウッタラ王子が凱旋して、宮殿に入ってきました。ウッタラ王子は喜ぶヴィラータ王に恭しく挨拶をすると、ついでカンカに敬礼しようと思ってカンカのほうを向いて、びっくり仰天しました。ウッタラ王子は、カンカの顔から血が流れ出ているのを見て、恐怖におののきました。彼はもうすでに、このカンカこそ、偉大なる皇帝とまでいわれたユディシュティラであることを知っていたからです。

 「父上、この偉大なお方の顔に傷をつけたのは、いったい何者ですか?」

 そう言われてヴィラータ王は、妙な顔をして息子に答えました。
「どうかしたのか? 何を騒いでいるのだ。わしがお前の勝利を聞いて大喜びしているのに、この男がつまらぬけちをつけるから、つい殴ってしまったまでだよ。わしがお前のことをほめるたびに、この男は宦官の御者のことばかりを持ち出して、まるで宦官のおかげで勝ったようなことを言うのでね。まったくばかばかしい。それでつい殴ってしまったのだが、別にどうということはないだろう。」

 これを聞いて、ウッタラ王子は震え上がりました。
「ああ! なんということを! 父上、早くあのお方の足元にひざまずいて、許しをこうてください。父上、今すぐにです! さもないと私たちの一族は、滅亡してしまうかもしれませんよ!」

 わけのわからないヴィラータ王は、あほ面をして立っていましたが、王子があまりにもしつこく言うので、仕方なくカンカに頭を下げ、自分の短気をわびたのでした。

 それから王は王子を抱きかかえるようにしてひざの上に座らせると、話を聞こうとしました。
「息子よ、お前は本当に偉大だ。さあ、手柄話を聞かせておくれ。いったい、どんなふうにしてクル軍を破ったのかね?」

 ウッタラ王子は、うなだれて言いました。
「私は・・・何もしておりません。すべては、神の御子がなされたことです。そのお方がわれわれの見方になってくださり、敵を蹴散らし、私を破滅から救ってくださったのです。私は何もしておりません。」

 王は、耳を疑いました。
「その神の御子というのは、いったいどこにいらっしゃるのかね? わが息子を救い、敵を撃退してくれた礼を言わねばならん。そしてぜひ、わが娘のウッタラー姫を嫁としてもらっていただきたい。」

 王子は答えました。
「あのお方は、今しがた消えてしまいました。でもすぐにまた、現われると思います。」

 
 さて、宮殿の大広間には、多くの市民が集まって、王と王子の勝利を祝う大祝賀会が行われようとしていました。そこへ、出家僧のカンカ、料理長のヴァララ、宦官のブリハンナラ、そして馬舎番のダルマグランティと牛舎番のタントリパーラが入ってきて、王族に混じって貴賓席に勝手に座り込みました。人々は驚いてそれを見ていましたが、何人かは訳知り顔に、こう言いました。
「あの五人はこのたびの国難にあって大変な働きをしてくれたので、それが認められて、あそこに座っているのですよ。」

 しばらくしてヴィラータ王がその場に入ってくると、貴賓席に座っている五人を見て、大声で不快感をあらわしました。
 そろそろ潮時だと思ったパーンドゥ兄弟は、ついに王に自分たちの正体を明かしました。

 ヴィラータ王は、喜びで気が狂いそうでした。
「あの神のように偉大なパーンドゥ兄弟とドラウパディーが、変装して私に仕えていてくれたとは!」

 そしてヴィラータ王はユディシュティラを抱きしめると、正式にこう申し出ました。
「私の一族と、この王国のすべてをあなたに差し上げます。どうぞお受け取りください。すべてはあなたのものです!」

 また、ヴィラータ王は、娘のウッタラー妃を、アルジュナに嫁としてもらってほしいと強くせがみました。しかしアルジュナは、
「それはできません。私は姫に、歌と踊りを教えました。教師というのは父親のようなものですから、姫と結婚することはできないのです。」
と言ってやんわりと断りその代わりに息子のアビマンニュの嫁としてウッタラー妃を貰い受けることを承諾しました。

 
 しばらくして、ドゥルヨーダナからの伝言を携えた使いの者が、ユディシュティラの元へやってきました。その伝言の内容は、こうでした。
「私は、アルジュナの早まった行動を、大変残念に思っている。13年目が終わる前に、彼はわれわれの前に姿を現わした。よってあなた方兄弟はこれからさらに12年間、森を放浪しなければならぬ。」

 この伝言を聞いて、ユディシュティラは笑って言いました。
「使者たちよ。速やかにドゥルヨーダナのところへ戻って、もう一度詳しく暦を調べるように言いなさい。ビーシュマ尊者をはじめとして天文学を学んだ人々は、アルジュナの弓と法螺貝の音を聞いてクル軍が恐怖したその前に、約束の13年目が完全に終わっていると、必ずや明言するであろう。」

share

  • Twitterにシェアする
  • Facebookにシェアする
  • Lineにシェアする