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「私が見たアドブターナンダ」より抜粋(5)

 ラトゥは、心を希望に満たしてドッキネッショルに行ったが、傷ついた心と共にシムラーに帰った。
 しかしこのとき、彼はあるたとえ話を聞いた。それは、師がドッキネッショルから離れている間、彼の心の支えとなった。
 シュリー・ラーマクリシュナは、その話を別の信者に語っていたのだが、ラトゥはそれを耳にして、覚えたのだった。

「一家の務めをぜんぶ果たしなさい。しかし、神のことを思い続けなさい。
 わが身内として、妻子や父母に仕えなさい。しかし、彼らは自分の所有物ではない、ということを常に知っていなさい。
 女中は、金持ちの家で働いていても、故郷の自分の家と、愛する家族のことを思っている。
 彼女は主人のおさない子供たちの面倒を見て、『私のラーム』とか『私のハリ』と言う。
 しかし、心の奥では、彼らは自分のものではない、ということを知っている。」

 この話が、ラトゥの悲嘆にくれた心を幾分か慰めてくれたのだった。われわれは後に、彼の口からそのことを聞いた。
 しかし、ラトゥは何か安らぎを得たのだろうか?
 いや、ラトゥはずっと一人で、他人に気づかれることなく、悲嘆に苦しんでいた。
 彼は、たとえシュリー・ラーマクリシュナが直接的に何か指示を与えていなかったとしても、言葉通りに、心から、念入りに、師の指示に従うように心掛けた。
 深い信と敬意をもって、彼はその傷ついた心で理解したこの話の解釈に、几帳面に従ったのだった。

 そして彼は常に、これらの指示に対する自分の心の反応を行動に移そうしていたので、それらは彼にとって生き生きとしたものとなり、彼を鼓舞した。
 彼は教えの真の意味を理解するのに、論理や哲学に走ることはなかった。
 時間を無駄にすることなく、彼はすぐにそれらを実行に移した。
 その結果として、他の方法で行うよりもより鮮やかに、教えの隠れた意味が理解できたのだった。
 この少年のアプローチ方法は、現代的なやり方――つまり、まず最初に知性を働かせて、事を十分に理解し、それからそれを実行しようとする現代的な傾向とは全くの正反対なのであった。
 人々は、この彼の子供の頃からの風変わりな性質に気づいた。
 彼は思索よりも、実行する方を好んだ。
 彼は、師に指示されたことを几帳面に実行することが、どれだけ自分の心を広げ、自分の人格を高めていたのかということに気づいていた。このメソッドの効能を完全に確信していたのだ。
 
 後年、彼はこのように言っていた。

「君は何もしていないじゃないか。君は何もしないというのに、サードゥを悩ましている。
 君はサードゥが、君のけがれを浄化し、君の欠点を取り除いてくれるとでも思っているのかい?
 性向は君のものだ、君は自分の努力によってそれらを変えなければならない。
 サードゥの言葉や単なるロジックが、それらを取り除いてくれると思うか?
 君には信や献身があるのかい?
 それらなくしては、理解が完全になることはありえない。
 実践なくしては、誰も悪しき性向を取り除くことはできないのだ。」

 師が故郷に帰り、ラトゥはラーム・バーブの家に戻った。
 ラトゥはその日々を、どう過ごしていたのであろうか?
 彼自身の言葉で、彼の心境を描写してみよう。

「僕があの辛い日々をどう過ごしていたか、君たちにはわかるかい?
 僕は、悲しみにわれを忘れていた。
 あの別離による心の痛みは、耐えきれないほどだった。
 僕はラーム・バーブのところで暮らすことができなかったから、こっそりとドッキネッショルに行った。
 それでも、そこで喜びを見出すことはできなかった。
 僕は、師(シュリー・ラーマクリシュナ)の部屋に入れなかった。
 すべてが、虚しく、空虚で、死んでいるように見えた。
 僕は、庭やその周辺をぶらついた。
 そしてガンガーの岸辺に座って、独りで泣いていた。
 ……どうして君が、この苦しみを理解できようか?
 言っておくけど、これを理解するのは君には不可能だ。
 ラーム・バーブは少し理解できた。
 彼は僕をよく慰めてくれた。僕は彼から、シュリー・ラーマクリシュナのお写真をもらったんだ。」

 聖者ニティヤゴーパールが、この時期のラトゥの心境について、簡潔にわれわれに語ってくださった。

「ラトゥの心境はまるで、喉が渇いて死んでしまおうとも雨の滴しか飲まないチャータカ鳥のようだった。」

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