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「神々の力の背景」

◎神々の力の背景

【本文】
 強い信仰心を持ち、その人が特定の神に祈るなら、その人の願いは必ずかなえられるであろう。
 だがその願いをかなえているのは、実はほかならぬ私なのだ。 

 はい。これはつまり、仏陀とか如来とかあるいはバガヴァーンではなくて、仏教的にいうといわゆる天部の神というか。まだ欲望を持った神というのは沢山いる。この神というのはね、結局どういう感じかっていうと、まだ煩悩があるんだが人間よりは高い存在――これを神と言っている。仏教ではね。つまりデーヴァってやつです。
 これはいつも言うように、デーヴァもまだ輪廻の中にいるから。これは絶対者とは全然違って。ただわれわれよりは高いから、われわれは神として崇める。で、この神っていうのは、動物から見た人間みたいなもので、動物界よりもちょっと高い人間っていうのは、人間は神じゃないんだが、動物から見れば神みたいなものなわけですよ。
 動物の知性って限られているから――例えば前も言ったように、動物がすごい怪我をした場合ね。普通は自然治癒力で治すか、治せなかったらそれが腐っていくしかない。それを人間が捕まえて、手術して治してあげたと。動物から見たらそれは理解できないわけです。「ああ、おれは何か捕まえられた!」と。「何か刺された!」と(笑)。「うわー、やられてる……」と思ったけど、いつの間にか治ってると(笑)。「神よ」ってなるわけだね(笑)。
 だから同じように、人間よりもちょっと高い存在っていうのは、われわれの理解できないやり方でわれわれを幸せにしようとしてくれている。もちろん変な神もいるよ。動物いじめる人もいるのと同じように、われわれに悪さする神もいるわけだけど、いい神もいる。でもこれはバガヴァーンから見たら、限定された輪廻の存在に過ぎないんだけども、これはわれわれのいろんな願いを叶えてくれる。しかしこの神が願いを叶える背景にも、バガヴァーンの力があるんだよということだね。それがなければ、その一切も起きないんだと。

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