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「ミラレーパの十万歌」第一回(1)

解説・ミラレーパの十万歌 第一回

 はい。今日はまた新しいシリーズで『ミラレーパの十万歌』ね。ミラレーパっていうのは『聖者の生涯』にも出てくるので、まあ知ってる人は多いと思いますが、チベットの偉大な昔の聖者ですね。
 で、この人は、そうですね、チベット人がものすごく大好きな人です。まあチベット仏教っていうのはいろんな宗派があるわけですが、その宗派の別に関わらず、すごく人気のある聖者ですね。
 っていうのは、この『ミラレーパの十万歌』に代表されるように、いろんな歌を残してるんだね。で、その歌がとても、なんていうかな――仏教ってもともと非常に仏典とか難しいので、特にチベット仏教っていうのはすごく論理学が発展してるので、例えば空とは何かとか、すごい難しい論理をいっぱいこうこねくりまわす。そういうのはもう民衆にはよく分からない(笑)。何を言ってるんだって感じでよく分からない。で、ミラレーパっていうのはその非常に深遠な真理を、非常に心に響くような歌にしてたくさん残したんだね。
 で、そのまあ歌もそうだし、あとミラレーパのね――『聖者の生涯』とか見れば分かるけど、まあ実際の彼の人生の物語がとても、なんというかな、まあ面白いっていうかな、一般の人にも受けるような――つまり、何とか大聖者の生まれ変わりとして認定されてとかそういうんじゃなくて(笑)――あの、若いころにね、ほんとは大金持ちのお坊ちゃんだったんだけど、財産を奪われてすごい貧乏になって、で、そこからお母さんが復讐のためにミラレーパに魔術を習わせて、で、多くの人を殺すわけですね。復讐のために。で、その復讐――まあつまりミラレーパっていうのはある意味もともとマザコン的な人だった。つまりお母さんのいいなりだったわけだね。お母さんがもう「われわれの財産奪ったあいつら許せん!」――そのあいつらっていうのは親戚なんだけど、親戚に財産奪われたんで、「許せん」って言って、子供のミラレーパに、「あなたが魔術を習って親戚を殺さないと、わたしが死ぬよ」って言うわけだね。で、お母さん思いだったミラレーパは、「お母さんを死なせるわけにはいかない」って言って、魔術を習って、まあもともと素質があったから、魔術によって多くの親戚を殺すわけですね。
 で、そういうことがあったあとにミラレーパは――まあ前生からの良い縁がよみがえってきて、すごく恐怖するようになる。つまり、「わたしはなんて悪いことしてしまったんだ」と。つまり仕返しで多くの人を殺してしまったと。で、それに対する罪の意識がものすごくわいてきて、で、なんとかしてこの罪を浄化して、まあ悟りを得たいと思うようになった。で、そこで縁のあったマルパという師匠のもとに弟子入りするわけだね。
 で、マルパは自分のもとに来たそのミラレーパが非常にもともと素質があり、そして自分ともとても縁があるっていうことは見抜いていた。見抜いていたけど、今生多くの人を殺してしまったっていうその罪がミラレーパにあったから、それを浄化しなきゃいけないっていうのが分かっていた。で、そこでマルパはミラレーパを徹底的にいじめ抜くわけですね。いろんなかたちで精神的、肉体的にいじめ抜いて、その彼の積んでしまった悪業を浄化しきろうとするんだね。
 それはもう端から見るとものすごい、なんていうかな、まさに虐待みたいなことをやるわけだけど、そのマルパの奥さんっていうのが優しい奥さんで、マルパがやってることを全く理解できずに、ミラレーパを助けようとしたりしてマルパに怒られたりするわけだけど(笑)。そういうのもありつつ、最終的にミラレーパの罪が浄化され、で、マルパに受け入れられて、高度な教えを与えられ、で、ミラレーパはものすごい、ほんとにチベットでも例を見ないぐらいの大聖者の一人になりましたと。
 ――こういう、なんていうかな、つくり話じゃなくてほんとにあった人の話として、こういう面白い、苦難を乗り越えて悟ったっていう話があって。で、しかもそのミラレーパの教え自体も、さっき言ったようにすごくこう心に響くような歌が多いのでね、だからすごく人気があるんだね、ミラレーパっていう人は。
 で、そのミラレーパの代表作っていうか、ミラレーパ自体は何も書いてないんだけど、ミラレーパが歌った歌やあるいはその生涯が、まあチベットで伝えられてきて、それをある人が本としてまとめてね、出したものが、代表的なものが『ミラレーパの生涯』と、それから今日学ぶ『十万歌』っていうのがあります。で、『ミラレーパの生涯』っていう物語は、これはまあミラレーパの今言ったような生涯の話を、まあ物語にしてるんですが、この十万歌っていうのは、なんていうかな、まあ続編みたいなやつで、ミラレーパが――まあミラレーパはマルパのもとにしばらくいて修行をして、そのあとマルパのもとを去って一人で洞窟で修行しながら弟子たちを導くわけですが、そのマルパのもとを去ってから、まあ多くの人を導きながらね、だんだん大聖者に成長していくときの物語だね。その中でミラレーパは多くの歌を歌う。
 で、まあ今日は第一部から始まりますが、この第一部はまだあまりミラレーパにそんなに信者とか弟子が集まってないころ。まだミラレーパがそれほど、なんていうかな、完全な悟りを得ているわけではない。もうすぐまあそういう境地に達するかなぐらいのときに、多くのチベットの悪魔たちと戦ったり、あるいは対話したりするんですね。そのころの物語です。
 もともとチベットっていうのは悪霊の国と言われていました。悪霊の国っていうのは、つまりまあ実際にね、これは例え話じゃなくて、ほんとに悪霊がたくさんいたと。つまり魔的な霊的存在がたくさんチベットにいて、だから仏教がなかなか入れなかったんだね。つまり仏教っていうのは聖なるものだから、その悪霊たちがそれを邪魔していた。で、一番最初に仏教をまあチベットに移入しようとしたときに、あまりにも悪霊がいるのでなかなか仏教が根付かないので、その当時インドでものすごい神通力を使う大聖者として知られていたパドマサンバヴァね。パドマサンバヴァっていう大聖者をわざわざインドから呼んだんですね。で、そのパドマサンバヴァが、チベット中の悪霊を退治して、で、まあ仏教の教えの神に変えてね、で、そのようにして、なんとかチベットに教えを入れたっていう話があります。
 でもその後もやっぱり、なんていうかな、チベットが完全に聖なる国にすぐになったわけではないから、チベット中にはいろんなタイプの霊がたくさんいる。まあもちろんそれはチベットに限らないんだけど、日本にだっていろんな霊がいるし、どこに行ってもいるわけだけど、そういった霊とか魔との戦いっていうのが、まあしばらく物語としてあります。で、これは実際の外的なそういった霊的な存在との戦いでもあるんだけど、同時にそれは内側のわれわれの心の魔との戦いでもある。修行者っていうのは絶対にそういった魔との戦いっていうのを何度も何度も繰り広げて、それに打ち勝っていかなきゃいけない。その、まあなんていうかな、段階ってあるわけだね。それはお釈迦様もそうだし。お釈迦様も完全に悟りを得るまでにいろんな魔がやってきた。で、それと戦うわけですね。あとイエス・キリストとかもそうですね。イエス・キリストも修行してるときに悪魔がやってきて、いろいろ誘惑されたとかいう話がある。だからそういうその魔との戦いっていうのは、必ず経験しなきゃいけない。
 はい。まずそのころのミラレーパの物語ですね。

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