「さいころ賭博」
(21)さいころ賭博
☆主要登場人物
◎ユディシュティラ・・・パーンドゥ兄弟の長男。ダルマ神の子。インドラプラスタの王。
◎ドゥルヨーダナ・・・クル兄弟の長男。パーンドゥ兄弟に強い憎しみを抱く。
◎シャクニ・・・ドゥルヨーダナの叔父。
◎ドリタラーシュトラ・・・クル兄弟の父。パーンドゥ兄弟の叔父。生まれつき盲目の王。善人だが優柔不断で、息子に振り回される。
◎ヴィドラ・・・ドリタラーシュトラ王の主席顧問。マハートマ(偉大なる魂)といわれ、人々から尊敬されていた。
◎ドラウパディー・・・パーンドゥ五兄弟の共通の妻。
※クル兄弟・・・盲目の王ドリタラーシュトラの百人の息子たち。
※パーンドゥ兄弟・・・ドリタラーシュトラの弟である故パーンドゥ王の五人の息子たち。実は全員、マントラの力によって授かった神の子。
ドリタラーシュトラ王の命を受けてインドラブラスタにやってきたヴィドラは、ユディシュティラにこう言いました。
「私は、このたび建てられた新しい遊技場を見ていただきたいと、ドリタラーシュトラ王に代わってあなた様をお招きするためにやってまいりました。王は、あなた様が弟の皆様と一緒においでになり、遊技場を見たり、さいころ遊びをしたりすることを望んでおられます。」
これを聞いて、ユディシュティラはヴィドラに言いました。
「賭け事はとかくクシャトリヤの間に争いごとを起こす種となってしまいます。ですから賢い人は、できるだけ賭け事を避けようとします。このたびのことはいかがしたらいいとお考えですか? あなたさまの助言を聞き、それに従いたいと思います。」
これに対してヴィドラは答えました。
「賭け事は諸悪の根源であることは、誰もが知っております。ですから私は今回のことをやめさせようと努力いたしました。しかしそれでも王はあなた様をご招待するようにと命じられましたので、私はここに参ったのでございます。こんなしだいですから、どうぞあなたのお好きなようになさってください。」
このようにヴィドラは、この誘いに乗ることは危険であるということを暗にユディシュティラに警告したのですが、結局ユディシュティラは、弟と家来たちを連れて、ドリタラーシュトラ王の招待を受け、ハスティナープラに行くことになったのでした。
ヴィドラが暗に警告したにもかかわらず、賢明なユディシュティラがなぜこの誘いに乗ってしまったのでしょうか?
その第一の理由は、ユディシュティラは、クル族との間にできるだけ反目を起こすようないさかいごとを避けようという思いがあったからです。
第二の理由としては、クシャトリヤ(武士)の伝統として、このような誘いを受けたならばかならず応じなければならないというしきたりがあったからです。
そして第三の理由としては、実はユディシュティラ自身、賭け事は善くないとわかっていても、さいころ賭博が大好きだったのでした。
こうしてユディシュティラとパーンドゥ兄弟たちは、ハスティナープラに用意された賭博場に到着しました。いよいよさいころ賭博が行なわれるというとき、ユディシュティラは言いました。
「ところで、誰が私と勝負するのですか?」
ドゥルヨーダナが答えました。
「財産その他を掛け金として積み、あなたと勝負をするのは私です。しかし実際には叔父のシャクニが、私に代わってあなたの相手をします。」
ユディシュティラは、ドゥルヨーダナが相手なら勝てると踏んでいましたが、シャクニが相手と聞いて、少し動揺しました。なぜならシャクニは、さいころ賭博の名人として有名だったからです。ユディシュティラは言いました。
「賭け事に代理人を立てるとは、尋常ではないと思うが。」
するとシャクニはあざけるように言いました。
「あなたは勝負から逃げようとして、言い訳をしておられる。」
こう言われるとユディシュティラは顔を高潮させ、
「よし、やろう」
と答えました。
こうしてユディシュティラとシャクニの勝負が始まってしまいました。広間は見物人でいっぱいになっていました。ドリタラーシュトラ王をはじめ、ドローナ、クリパ、ビーシュマ、ヴィドラなどの賢者たちも席についていました。彼らはみな、この賭け事が悲惨な結果をもたらすことを予測していましたが、しかしそれをやめさせることもできぬまま、惨めな思いを持ってこれを見つめていました。
ユディシュティラとシャクニは、はじめに宝石を賭け、次第に金銀から車や馬などを賭けていきました。ユディシュティラは負けに負けました。それらを全部失ったとき、ユディシュティラは家来たちを賭け、それも失ってしまいました。次に象や軍隊を賭け、それも失ってしまいました。
牛、羊、町、村、市民など、あらゆるものが賭けられ、ユディシュティラはことごとくそれらを失っていきました。それでもなお、賭け事の魔力にとりつかれてしまったユディシュティラは、賭けをやめようとはしませんでした。
シャクニが言いました。
「まだ他に賭けるものがありますか?」
前後の見境をなくしたユディシュティラは、自分の弟たちを賭けて勝負し、負けてしまいました。
意地の悪いシャクニは、さらにユディシュティラに言いました。
「まだ他に賭けるものがありますか?」
ユディシュティラは答えました。
「私自身を賭けましょう。あなたが勝ったら、私はあなたの奴隷となりましょう。」
この勝負もやはりシャクニが勝ちました。シャクニは観衆の中に立ち、パーンドゥ兄弟が合法的に自分たちの奴隷となったことを宣言しました。
観衆はあっけにとられて状況を見つめていました。シャクニはさらにユディシュティラに言いました。
「あなたが持っておられるもう一つの宝物がありますが、それを賭けて勝てばあなたは自由の身となれますよ。あなたの妻ドラウパディー妃を賭けて勝負される気はございませんか?」
自暴自棄になったユディシュティラは、ドラウパディーを賭けて勝負することを了承しました。
観衆の中からは、苦悩とも興奮ともつかぬ声が沸きあがりました。軽蔑や不快を表わす声があちこちで聞かれ、情にもろい人は泣き出していました。またある人はあぶら汗を流し、世も終わりに来たと感じていました。
ドゥルヨーダナをはじめとしたクル族の王子たちは、狂喜して歓声をあげていました。しかしただ一人ユユツ王子だけは、恥と悲しみとで顔を伏せ、深いため息をついていました。
そしてこの賭けもやはりシャクニが勝ちました。ドゥルヨーダナは、ヴィドラに命令しました。
「行って、パーンドゥ兄弟の愛妻ドラウパディー妃を連れてきなさい。今後、彼女は私たちの住まいを掃いたり磨いたりせねばなりませぬからな。すぐに彼女をここに来させなさい。」
ヴィドラは、大声を出して言いました。
「確実に破滅の道を走っていこうとするあなたは、気が狂われたのですか?
あなたは細い一本の糸にぶら下がり、底知れぬ地獄に今にも落ちようとしているのですよ!
勝利によって、あなたの目には入らぬのかもしれませんが、地獄の谷底はあなたを吸い込んでしまいますよ!」
ドゥルヨーダナをこうたしなめた後、ヴィドラは、聴衆に向かって言いました。
「ユディシュティラには、ドラウパディー妃を賭ける権利はありません。なぜなら先ほどの賭けでユディシュティラはすでに自由を失い、一切の権利を失っているからです。
私には、クル族の滅亡が遠くないことも、ドゥルヨーダナたちが地獄への道を歩んでいることも、よくわかります。」
この言葉を聴いてドゥルヨーダナは怒り、自分の御者のプラーティカーミンに命じました。
「行って、すぐにドラウパディーをつれて来い!」
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