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◎自分の苦しみを受け取る

◎自分の苦しみを受け取る

 はい、そして、

「それはまず、自分の苦しみを受け取ることから始めるべきです」。

 これはね、いろんなやり方の伝統があって、だからそれは絶対的にこのやり方が正しいっていうんじゃない。最近いろんなチベットの本が出ていて、いろんな本に結構このトンレンのことが載ってる。結構その本によって、つまり系統によって、伝統的にやり方が違うんだね、細かいところがね。で、それは単なる伝統の問題なので、細かいことはどうでもいいんだけど。

 この「自分の苦しみを受け取ることから始める」っていうのも、これはいろんな意味があります。まず一つの意味としては、自分のカルマ、これをしっかりと自分が受け取る覚悟をするっていうことです。つまりね――こういう瞑想はあまりここではやんないけども、つまり瞑想でやるとしたら――さあ、自分の過去にやってきた悪業を考えてみようと。あるいは自分では分かんないけど、過去世でやってきた悪業を考えてみようと。おそらく、たくさんの悪いことをやってきたと。将来このままだとわたしは、ほっといてもね、地獄に堕ちるかもしれない。あるいはこの人生、例えば八十年生きるとしたら、あと何十年間の中で、いろんな苦しい目に遭わなきゃいけない。で、普通はさっきから言ってるように、できるだけそれを避けたいって思うよね。できるだけ苦しみに遭わないでいればいいなあって思う。でも、そうじゃない。わたしがやったことなんだから、覚悟して受けますと。それは当たり前のことだと。で、それがわたしの悟りにもつながるし、そしてわたしが悟りを得れば、多くの人の幸せにもつながると。よってわたしは覚悟を決めて受けます!――と。ね。

 今生で何かある人は、それを考えたらいいよ。例えばU君みたいに、昔、キセルしましたと(笑)。わたしは将来、そのカルマによって物を盗まれるかもしれない。でもそれは全く問題ないと。さあ、わたしが最も大事なものを盗まれたとしても、それは関係ないと。それをわたしは受けますと。

 あるいは小さいころ多くの虫を殺してきたとしたら、将来わたしはいろんな形で体を怪我するかもしれない。あるいは地獄に堕ちるかもしれない。しかしわたしは受けますと。

 だってまず第一段階として、それはまず逃げられないから。「わたしは受けない」っていったって受けなきゃいけない。しかもそれは、いつも言うように、ほっといて逃げてるとどんどん増幅します。よって、今この瞬間からそのすべてがわたしに来たとしても、それはかまわない。というよりも逆に来てほしいと。今この瞬間、わたしはそのすべてを清算したいですと。そういう覚悟を持つんだね。この瞑想をまずやりなさいっていう考え方がある。

◎自分を許す

 また全然別の系統のやり方としては、これはちょっとここでやらせることがあるけど、もう一人の自分っていうのをこう目の前においてね、で、それに対してトンレンをやるんだね。

 つまりこの発想っていうのは、トンレンをやるっていうことは周りを愛さなきゃいけない。周りを愛するってことは、周りに対する許しの気持ちがなきゃいけない。許しっていうのはつまり、オールOKと。OKですと。しかしそのような気持ちを持てない場合、それはまず第一段階として、自分を許せていない。自分に対する屈折がある場合が多いんだね。よって、第一段階でその自分に対するそういう瞑想をやる場合がある。

 つまり自分――もう一人の自分、ネガティブな屈折した自分っていうのをおいて、まず自分に対するトンレンをやるんだね。修行者としての聖なる自分と、自分の中のネガティブな部分を持った自分っていうのをこう置いてね、で、この今修行者として菩薩の道を歩こうとしてる自分が、このネガティブな自分の苦しみを吸い取る。で、逆に許しや愛を与えてあげる。これによって自分で自分を癒す瞑想とかあるわけだね。これをやれっていう伝統もある。

 まあその辺はいろんな伝統のやり方なので、必ずこれじゃなきゃいけないっていうのはないけども。

◎日々の懺悔

 さっき言ったのは、自分の苦しみをしっかりと受け取る。これは、瞑想でそれをやるやらないは別にして、日々懺悔をしたりして、覚悟を決めるっていうことがやっぱり必要だね。それは当たり前でしょ。だって、トンレンっていうのは、もう一回言うけども、衆生の苦しみを背負おうとしてるわけです。その前に自分のやったことさえ背負えない人がね、自分と関係ない人の苦しみを背負えるわけがない。

 さっきも言ったようにトンレンっていうのは、例えばわたしと関係ない、Mさんがやった悪業、Rさんがやった悪業、Tさんがやった悪業、そういったものを、わたし関係ないけど全部背負いましょうっていってるようなものです。つまり、もうちょっと例えでいうと、みんなが作っちゃった借金を全部わたしが返してあげましょうっていってるようなもんです。そのためにわたしは売られるかもしれない(笑)。そのためにわたしは重労働――まあちょっと漫画的に言うとね、一生地下帝国とかで(笑)、ただ働きを何十年もさせられるかもしれない。あるいは香港とかに売り飛ばされるかもしれない(笑)。あるいは内臓とか持ってかれるかもしれない。でもOKと(笑)。それは何の義理もない。例えばわたしは別に、Rさんに何か義理があるわけでもない。Mさんに義理があるわけではない。しかし――OK。わたしが全部それを背負いましょうと――こういうことをやれっていってるわけだから、その前に自分の借金さえ背負う覚悟のないやつが(笑)、他人の借金を背負えるわけがない。だからまず自分の悪業は、しっかり自分は受けると。そういう覚悟を持たなきゃいけない。

 だからこれは具体的には、やっぱり日々の懺悔が必要だね。懺悔をしっかりやって、自分のやってきた悪業っていうのをしっかり認識してね、それは本当に避けられないんだと。これをなんとかわたしが浄化し切らない限り、わたしに未来はないと。つまり、わたしの完全なカルマの浄化がない限り、わたしにこの世における幸せもないし、あるいは悟りなんてもちろんあるわけがない。よって、それはしっかりと覚悟を決めて受けると。そういう気持ちがまず必要だね。

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