◎二つのヨーガ
◎二つのヨーガ
【本文】
『サーンキャとヨーガを、愚者は異なるものと考えるが、
そのどちらか一方の道を究めた人は、両方の成果を得るであろう。
サーンキャを通じて至る境地には、ヨーガによっても達する。
この二つを同じと見る人は、物事の実相をよく理解した賢者である。』
はい。ここでいうサーンキャっていうのは、いわゆる哲学的ヨーガ、つまりジュニャーナ・ヨーガとほとんど同義といってもいいね。つまりいにしえの、昔の偉大な賢者たちは、まあ、そうだね、現代ですごく近い人でいうと、ラーマナ・マハリシとかそうですけどね。あの人はジュニャーナ・ヨーガ。あの人はだからずーっと山にこもって、ひたすら哲学的探求――つまり彼のやり方は「私はだれ?」と。「私は何?」と。「Who am I?」と。「私はだれ?」っていうのを追求――哲学的に追求してって、偉大な境地に達したと。でもこれはラーマクリシュナも言ってるけども、現代においてはジュニャーナ・ヨーガって非常に難しいと。それよりもやっぱり、バクティ・ヨーガやカルマ・ヨーガの方がいいんだね。で、ここでヨーガっていってるのはこれはカルマ・ヨーガのことです。つまり、哲学的探求によっても、カルマ・ヨーガ、つまり行為をしながら全てを放棄するっていうように、それによっても、どちらも両方同じその境地に至れるんだってことだね。
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