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要約・ラーマ要約・ラーマクリシュナの生涯(9)「神職を引き受ける」

9 神職を引き受ける

 ダルマパットラによって、ラムクマルがカーリー聖堂の司祭を引き受けることは認めたものの、ゴダドル自身は、これから何をすればよいのか定まらぬ状態で、しばらくドッキネッショルに住んでいた。
 ラニ・ラスモニの娘婿のモトゥル・バブは、ゴダドルを見て、その感じの良い容貌、優しい性質、篤い信仰心などに、不思議と強く惹かれた。そこでモトゥルは、カーリー女神を荘厳する仕事をゴダドルに託そうと思い、ラムクマルに相談した。しかしラムクマルは、ゴダドルが伝統に忠実なあまりに自分がカーリー聖堂の祭祀を行うことにも反対したのだから、彼にその仕事をやらせるのは無理だろうと言い、モトゥルの計画を思いとどまらせた。しかしモトゥルは心中ではあきらめることなく、この計画を実現する機会をうかがっていた。

 この頃、その後のゴダドルの生活に密接な関係を持つもう一人の人物が、ドッキネッショルにやってきた。ゴダドルのいとこのヘマンギニ・デーヴィーの息子、フリドエラム・ムコパッダエである。彼は当時16歳で、職を求めてプルドワンにやってきたが、なかなか職探しははかどらなかった。
 親戚のラムクマルがドッキネッショルの新しい寺院の司祭となり、大変尊敬されているという噂を聞いた彼は、そこに行けば何とかなるかも知れないと思い、ドッキネッショルにやってきた。そして幼なじみであってあまり年も違わないゴダドルともうち解け合い、そこで仲良く暮らし始めた。
 フリドエは堂々とした逞しい体格で背も高く、ハンサムであった。非情に活動的で、恐れを知らなかった。厳しい骨の折れる仕事にも耐え、どんな環境にも順応性があった。逆境にあっても、非凡な工夫をしてそれを乗り越える才があった。また彼は若い叔父であるゴダドルを心から愛していた。

 16歳のフリドエがドッキネッショルに来たとき、ゴダドルは二十歳だった。フリドエはそのときから、まるで召使いのように、何をするにもゴダドルがすることを助けた。ゴダドルは常に子供のような性質で、一見無意味のようなこともよくおこなったが、フリドエはそれらに決して反対することなく、ゴダドルのすることすべてに心から賛成し、同調した。

 後にフリドエは、こう語っている。
「そのときから私は師(ゴダドル)に、言葉に尽くせぬほどの愛着を感じ、影のように常に彼に付き添っていました。一分でも離れていることは辛く感じました。共に沐浴し、歩き、座り、横たわりました。」

 さて、ゴダドルにカーリー女神を荘厳する仕事をさせたいというモトゥルの意向をラムクマルから聞いて以来、ゴダドルはモトゥルの眼を避けるようになった。しかしあるとき、モトゥルが遠くからゴダドルの姿を見つけ、人を使ってゴダドルを迎えによこした。
 ゴダドルがモトゥルのところに行きたがらないのを見て、フリドエはその理由を尋ねた。ゴダドルはこう答えた。

「私が行けば、彼は私に、ずっとここにいて仕事をしなさいと言うだろう。」

「それがどうしていけないのですか? このような場所で偉い人の下で働けと言われるのは、良いことではないですか。なぜそれを嫌がるのですか?」

「私は、生涯職業に縛られるのは嫌なのだ。おまけに、もしここで祭祀を行うことを承知したら、女神のお体を荘厳している宝石の責任を持たなければならないだろう。これは難しい仕事だ。とても私にはできない。しかし、もし君がここにいてその責任を持ってくれるなら、私は礼拝をおこなうことは嫌ではない。」

 フリドエは、もともと仕事を探す目的でドッキネッショルにやってきていたので、ゴダドルのこの願いを喜んで引き受けた。モトゥルも事情を聞いてそれを承諾したので、この日からゴダドルはカーリー女神の荘厳役となり、フリドエはラムクマルとゴダドルの仕事を助ける仕事を受け持つこととなった。

 この頃から、ゴダドルがおこなう礼拝は、見るもの誰もがほれぼれとするほどのものだった。感動に胸をふくらませて歌うゴダドルの声を一度聞いた者は、決して忘れることができなかった。そこには音楽のプロに見られるような技巧は特に見られなかったが、人の心に触れる非情に美しい声、そして歌と一つになった彼の感情が、聞く人を感動させるのだった。
 ラニ・ラスモニも、ドッキネッショルに行くと必ずゴダドルを呼び寄せ、その歌に聴き入った。彼女は特にこの歌が好きだった。

「どういうお考えなのですか、おお母よ、
 ハラ(シヴァ神)の胸に足を乗せて立っていらっしゃるのは。
 まるで無邪気な女の子のように、ぺろりと下を出していらっしゃる。
 わかりました、おお、救い主よ、
 それはあなたの親譲りのご性質ですか?
 あなたのお母様も、あなたのお父様の胸の上に立っていらっしゃったのですか?」

 ゴダドルのおこなう様々な礼拝は、驚嘆すべきものであった。彼は歌いながら、滝のような涙を流した。傍らに誰かが来て話しかけても、全く気づかないほど、没頭していた。
 また、アンガンニャーサ(マントラを唱えながら身体の各部に触っていく儀式)などをおこなっているときに、輝く色彩を帯びたマントラの文字が、実際に身体の各部に固定されるのを見た。
 また、クンダリニーがスシュムナー管を上昇し、サハスラーラまで至るのを実際に見た。そしてその後には、身体は死んだように静かで無感覚になった。
 また、「ラング」というマントラを唱え、自分の周囲に水を降り注ぎ、礼拝の場所を炎の壁が取り囲んでいると念じる儀式をおこなうと、彼は本当に炎の壁が礼拝の場所を障害から守っているのを見た。
 礼拝をおこなっているゴダドルを目撃したブラーフミンたちは、彼の心が完全に集中し、全身がまばゆく輝き渡るのを見て、「まるでヴィシュヌ御自らが人間の身体をとり、座って礼拝をしていらっしゃるようだ」と言い合った。

 ラムクマルは、カーリー聖堂の神職となることで、経済的な悩みからは解放されたが、最初のうち、ゴダドルのことを大変心配していた。というのも、彼が孤独を好み、世俗の事柄に関しては全く無関心であったからだ。ゴダドルはよくパンチャヴァティの下に静かに座ったり、あるいはパンチャヴァティを取り囲む密林の中に入って長い時を過ごした。
 ラムクマルは、自分が死んでもゴダドルが自立して生計を立てていけるように、今のうちにゴダドルを教育しておくことが自分の義務であると考えていた。それゆえ、モトゥルがゴダドルをカーリー女神の荘厳役に任命し、ゴダドルもそれを立派におこない始めたのを見たときには、ラムクマルは非常に喜んだ。
 ラムクマルは、自分がいなくてもカーリー女神の礼拝が問題なくおこなわれるように、母なる女神の完全な礼拝の仕方や、「チャンディー」を読むことなどをゴダドルに教え込んだ。ゴダドルもそれらをよく学び取った。
 その後モトゥルは、ラムクマルをラーダー・ゴーヴィンダ聖堂の神職に、ゴダドルをカーリー女神聖堂の神職に、そしてフリドエをカーリー女神の荘厳役に、正式に命じた。おそらくラムクマルがもう歳をとり、骨の折れるカーリー聖堂の神職の役割が大変になってきたのを見て、モトゥルはこのように各自の役割を変更させたといわれている。
 その後間もなくしてラムクマルは、休暇を取ってしばらく実家に帰る準備をした。しかしこの帰省は結局果たされなかった。何かの用事でカルカッタの北方のシャムノゴル・ムロジョルという場所に行ったとき、そこで突然、ラムクマルは亡くなってしまったのである。それは彼がドッキネッショルに来て約一年後のことであり、1856年の半ば頃のことであったといわれる。
 

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