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第三章 カルマ・ヨーガ

 至高者はこうお説きになった。

『行為を避け、何もせずにいたとしても、人はカルマから解放されるわけではない。
 また形だけ出家したからといって、サマーディの境地を達成できるわけでもない。

 どんな人であろうと、一瞬たりとも何もせずにじっとしていることはできない。
 なぜなら、人間は生来の性質(グナ)により、どうしても何かをせずにはおれなくなるからだ。

 また、一方では行動の諸器官を抑制しながら、他方では心を感覚の対象に向けている者は、
 まことにおろかな偽善者と呼ばれよう。

 それとは反対に、心で感覚を制御し、何事にも執着せず、行動の諸器官を動かす人は、
 まことに秀でた人と言われよう。

 ゆえに、君は神に与えられた行為を成し遂げるがよい。行為をせぬよりは、行為をするほうがはるかによいのだ。
 第一、君は行為しなかったら、自分の肉体を維持することさえできないだろう。

 行為を至高者への供物としなければ、そのカルマが人をこの世に縛り付けてしまう。
 ゆえに、行為の結果を至高者にささげ、ただひたすらに活動するがよい。

 行為の結果を供養して神々を喜ばせ、君もそれを喜びなさい。
 このようにすることによって、君は最高のものを手に入れることになる。

 神々に供養した食物のおさがりをいただく人は、すべての罪から免れる。
 味覚の楽しみのために食物を食べる人は、罪そのものを食べることとなる。

 すべての正しい行為は明智より発し、
 明智は絶対真理より発していることを知るがいい。

 このように正しい教えに従って正しい行為をせぬ者は、
 必ずや罪深い生活を送り、感覚的快楽に浸ってむなしい一生を終えることであろう。
 
 だが自己の本性を知り、それに満足し、喜び、それに安らぎ、楽しむ人にとっては、
 もはやなすべき行為は何もなくなる。

 そのような人にとっては、行為しなければならぬ目的もなく、行為せぬことによって失うものもない。
 したがって、他の何ものにも頼る必要はまったくないのだ。

 ゆえに、行為の結果に執着することなく、ただ神の指示としてそれを行ないなさい。
 なぜなら、無執着の心で行動することによって、人は至高の境地に達しうるからである。

 ジャナカ王のような人たちも、神の意思の遂行によって完成の域に達した。
 ゆえに、世の人々に手本を示すため、君も自分のなすべき使命を立派に行ないなさい。

 無明なる者は果報を求めて行為をする。
 しかし賢者は、ただ世の人々を正しく導くため、何事にも執着せず活動しなければならぬ。

 果報に執着して行動する無智な者たちの心を惑わせてはならない。
 彼らがあらゆる行為を奉仕の精神でやるように、賢者はしっかりと導き励ましてやらねばならぬ。

 あらゆる行為は、生来のグナによってなされる。
 しかし真我が我執によって惑わされている者は、【私がなしているのだ】と思い込んでしまう。

 だが、偉大なる勇者よ! グナと行為の秘密をよく知る人は、
 自分の感覚が対象を求めているだけであって、真我はそれにかかわってはいないと達観する。

 すべての行為を私にゆだね、いかなる欲望も所有意識も放棄し、
 真我に心をしっかりと定め、心乱されることなく、勇ましく戦いなさい!

 私のこの教えを信じ、あら捜しをすることなく、誠実に行動する人は誰でも、
 カルマの鎖から解放されて自由になる。

 だが私の教えをけなし、これを実行しないものは、
 無知蒙昧となり果てて、破滅の淵に沈むことであろう。

 人は、感覚の対象に愛著と嫌悪を持つが、そうした感情に支配されてはならない。
 なぜなら、この快・不快の念は、悟りへの敵となるからだ。

 自分本来のものでない行為をうまくやるよりも、たとえ下手でも神に与えられた自己の使命を遂行したほうがいい。
 なぜなら、神に与えられた自己の使命を果たして死ぬほうが、それ以外の行為を恐る恐るやるよりましだからだ。』

 アルジュナが言った。

『人は自分の意志に反し、つい罪深い行動をとってしまうことがありますが、これはいったい何の力によるものなのでしょうか?』

 至高者はこうお説きになった。

『その力とは、ラジャス・グナから生じる欲望と憤怒の心から生まれる。
 それは人を狂わせ罪を犯させる最大の敵である。

 煙に巻かれた炎のように、埃に覆われた鏡のように、子宮に包まれた胎児のように、
 人の智性もさまざまな欲望によって覆われている。

 このように、叡智は仇敵に覆われて曇っている。
 消えることのない欲望の火こそ、その仇敵である。

 欲望は、感覚器官と心と知性を住処とし、
 叡智を覆い隠し、人の魂を迷妄にする。

 まず己の感覚器官を統御し、
 叡智と識別智を壊そうとする罪深き欲望を完全に消し去りなさい!

 感覚は肉体より優れ、感覚より心は優れ、心より知性は優れているが、
 知性よりも真我はさらに優れている。

 このように、知性よりも真我は優れていることを知り、その真我の純粋智性によって己の心を制御し、
 大いなる勇者よ、欲望という名の恐るべき敵を惨殺せよ!』

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