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パトゥル・リンポチェの生涯と教え(64)

◎一味

 誤って、現象を真実をとして見なすということは
 つまり、あなたが騙されて、執着へと陥るということ
 ひとたび、外的な現象と内的な現象が
 水に映る月に過ぎないという真実を知るや
 すべての現象は、一味となる。

 老人が若者の強健さを見るや
 執着という有毒な”味”が生じる。
 ひとたび、この肉体への執着を
 絶対なる領域に解放してしまえば
 若さと老いは、一味となる。

 人生の少年期、成年期、老年期の諸段階を真実であるかのように見なし
 まるでそれらがずっと続いて行くかのように行動をするならば
 死の苦しみは、厳しくなる。
 覚醒という唯一の真髄の中で
 死と生は、一味となる。

 家族や友人への愛着という縄に
 縛られているならば
 別れは間違いなく、胸が張り裂けんばかりの悲痛をもたらす。
 ひとたび、輪廻の本質を幻影であると理解すれば
 別れと出会いは、一味となる。

 神々に頼れば
 悪魔への恐れは一層強まる。
 ひとたび、世界と衆生の神聖なる本性を知れば
 悪魔と神々は一味となる。

 想念を追い続ければ
 無数の思考が浮かんでくる。
 ひとたび、思考を追うことなき心を認識すれば
 無努力の味の中で安らぎに至る。

 皆が求めるように行動すれば
 あなたの義務には終わりがない。
 自分の道を歩むために行動すれば
 間違いなく、計画や事業から自由になる。

 他人があなたのことを良く話している一方で
 あなたは自分の欠点をすべてよく自覚している。
 それでいて聖者を気取るとは愚かなこと。
 悪党め、今こそ消え失せろ!

 キツネが王権を手に入れたとする。
 キツネ王は、当分の間は王家の果物を味わうだろう。
 しかし、ひとたび厳しい冷風にさらされれば、
 キツネ王は、自分のねぐらにコソコソと帰って行く。

 マルワの連中にせがまれて、あなたがそこからずっと動かないのならば
 絶対にドに到着することはないぞ。
 一度、出発すると決めたのだろう。
 ドに行くか? マルに行くか?(どちらも東チベットの谷の名前)――道は一つ、谷は二つ!

 ハ! まったくくだらんことを!
 ヘー! 純粋なる戯言を!
 オー! オー! うっかり口走ってしまったわい!

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