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「解説『スートラ・サムッチャヤ』」第一回(12)

 はい。そして最後、「自分がなしたカルマからは逃げられないと知って、命に代えても悪を為さないこと」――はい。これはさっきの「カルマの法則を信じる」にもつながりますが、まあ結局ね、われわれが信を持つときっていうのは、言い方を変えるとね、「覚悟」が必要なんです。「覚悟」ね。これはなんかの、カレンダーの言葉とかで書いたけども、修行者にとって必要なのは、「覚悟」です。「覚悟」ね。
 つまり覚悟ってどういうことかっていうと、「え? それ辛いですね」と。「まあできればがんばりますが」じゃなくて――まあつまりどういうことかって言うと、例えば鉄砲や矢の雨がいっぱい飛んできてると。で、そこで盾を持ってね、弱腰になって、へっぴり腰で、いつでもこう体半分あっち向いてて、いつでも逃げられるような体制を作って、そーっと行ってね――あるいは例えばライオンとかと戦わなきゃいけないときとかに、腰半分あっち向いてて、そーっとこう行って、ワーッとか(笑)、これが今のわれわれだと(笑)。覚悟っていうのは、もう「オッケー」と。「わかった」と。「やりましょう」と。ね。もう退路を断つわけだね。背水の陣じゃないけども、もう退路を完全に断つと。ね。そして全く覚悟を決めるわけだね。殺されてもいいと。まあその例の場合はね。「わたしはもうこの目的を果たすためには、矢が当たろうが、鉄砲が当たろうが、ライオンに噛み殺されようが構わない」と。「目的を果たす」って言って、バーッて進むと。これと同じような覚悟が修行者には必要なんだね。
 つまりわれわれはまず教えを学びましたと。まず教えを学んだ段階で、特にちょっと深い教えを学びだすと、皆さんにとっては、「え?」っていうのがいっぱいあると思うんだね。「え? そこまでやんなきゃいけないの?」(笑)。「え? ちょっとそれは辛いな」と。ね。で、そこでちょっと最初はへっぴり腰なわけだね。へっぴり腰で、「まあやれといえばやりますけど、できればやらないで済むんだったらいいな」っていう感じがある。あるいは調子がいいときはやるけど、調子悪くなるとやらないとかね。そうじゃなくて、「わたしの人生はすべてこの教え通りに生きることに覚悟を決めた!」と。ね。それは「百パーセント決めた!」と。まあここに書いてあるので言うと、「自分でなしたカルマから逃れられないんだから、どんなことが起こってもそれは自分のカルマである」と。「命に代えても、わたしはそれ以上の悪をなすようなことはしないぞ」と。あるいは、「命に代えてもわたしは菩薩の道を歩くぞ」と。そのような覚悟を決めるんだね。もちろん具体的に何々をしなさいっていうわけじゃないんだけど、心の、心構えの問題ですね。うん。
 わたしはよく、例えばTさんとか、そういう……まあ特にTさんとかそうだけどね、Tさんっていうのは、つまり昔からね、一生懸命修行してるっていうか、わたしとも近い関係にあるから、当然皆さんよりも厳しくするわけだね、わたしとしてはね。厳しくするわけだけど、わたしが――まあ今はTさんは素晴らしい修行者だけど、まだもっと駄目駄目なときはいっぱいあって、そういうときにわたしがもうひたすらよく言ってたのは、「心構えが足りない」と。全くね。「まず心構えからなんとかしろ」と。もうそれをわたしは、百回以上は言ったかもしれない(笑)。

(一同笑)

 つまりどういうことかっていうと、今言ってるのはどういうことかっていうと、いいですか?――Tさんは近いから厳しくしてるわけです。で、そういうことを言ってる。つまり、皆さんもそういう意味では同じだっていうことです。皆さんにまだそこまでは言わないけども、でも同じなんです。つまりみんな、心構えが足りないんです。わたしはそれは現代の修行者には多くの人にとってそれは足りないと思うね。覚悟とか心構えが足りないんだね。だからまず心構えをガシッとこう、定めなきゃいけない。そのうえでいろいろカルマ的にね、できないことができてきたり、いろいろあるのはしょうがないんですね。でもまず心構え。
 「わたしは」――もう一回言うけども――「百パーセント、自分の今の環境の範囲内でね、教え通り生きよう」と。あるいは、「菩薩の道を百パーセント歩こう」と。「妥協なしでいきましょう」と。そういうような心構えですね。あるいはもちろん未来も見据えてね。今日だけとか一年だけとかじゃなくて、わたしは一生をかけて、一生をかけてこの道を歩みましょうっていう決意なんだね。「それが五十年かかろうが、百年かかろうが、わたしは過去において悪いカルマを積んできたんだから、それはしっかり浄化して、そして菩薩として生まれ変わるために、徹底的に正しい道を歩んでいくんだ」と。で、「その過程で神からいろんな試練がきて苦しみがあろうが、それはもう喜びだ」と。「その苦しみが何十年続こうが、わたしは逃げません」と。そういうような覚悟が必要なんだね。はい。

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