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「徳を積むことが大事」

◎徳を積むことが大事

(T)クンダリニー覚醒のために、一番最初にやるべきことはなんでしょうか。

 それはケースバイケースだね。その人それぞれの良い部分・悪い部分があるわけで。一つ一つできるところからやるしかない。それと、ちゃんとした師匠がいれば、その人にあった指示を与えるでしょう。だから一般論としてはなかなか言いづらいね。

(T)肯定的になるとか……

 もちろん肯定的になるっていうのもそうだけど、ただね、問題はその、徳がないとね、肯定的になれないっていう矛盾があるんだね。心の習性によって否定的になっちゃうっていうのもあるんだけど、心に徳が満ちてれば自然に肯定的になります。なぜかというと、これは前にも言ったんだけど、否定的っていうことはどういうことかというと、悪い思いや悪いイメージが心にいっぱいあるわけだよね、否定的っていうことは。別の言い方をすれば。で、それは「なんであるんだ?」って言ったら、カルマなんです。カルマってどういうことかっていうと、そのイメージや思いが将来本当に現象化するんです。つまりそれは過去になした悪いことがいっぱいあるから、それが思いとかイメージとして心にあるんです、実際に。だから否定的なんです。

 ということは、それはもうしょうがないとして、それを凌駕するくらいの徹底的な徳を積めば――徳を積むイコールたとえば人に優しくしましたと。人に優しくしたら、それは優しくしたというイメージが心に根付くんです。あるいは相手の喜びとか。それはイメージとして心に根付くから自分がなんかね、将来優しくされるようなイメージがあるんだね。そして本当に優しくされるんだけど。将来、現象化して。

 だから将来現象化する喜びのデータがいっぱいあればあるほど、肯定的になります。なんかわかんないけど俺はいけると。だいじょうぶだと。俺は幸せになれるだろうと。それは別に能天気に言ってるんじゃなくて、本当に心にいっぱいそういう情報があるから、そう思えるんです。だから徳っていうのはまず大事かもしれないね。

 最近の成功哲学とかで、ポジティブ・シンキングとかいって、肯定的に考えましょうと。そうすれば成功しますってよくいってるけど、徳がないのに肯定的に考えても、無理やりって感があるね。それはちょうど、もちろんその人にも全然徳がないわけじゃなくて、よいデータって少しはあるだろうと。よいデータをたぶん引っ張り出してる。それで肯定的な気持ちになってる。でもそれは、なんていうかな、すごく強引な感じがある。

 まあそうだね、だからまずは「徳を積む」っていうのが大事なのかもしれない。うん。徳を積むっていうのは現代ではなかなか難しいけども、一般の人に対して言うならば、まあとにかく人に対して、人を幸せにするような行為をすると。それは簡単。たとえば苦しんでいる人の悩みを聞いてあげるんでもいいし。あるいはその、困ってる人を助けるでもいいし。あるいはその、自分がもし何かできることがあるんだったら人を幸せにするようなことを徹底的にやってあげると。まあそういういろんな形で徳を積むしかない。

 本当は、最高なのは、人に修行をさせること。それから、自分の師匠や聖者への布施や供養。これが一番の徳になります。つまり法施と供養だね。

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