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ワンポイントヨーガ 特別編 6.トンレン

6.トンレン

 トンレンは、シャーンティデーヴァの入菩提行論や、ナーガールジュナの作品にも見られる「自他交換」の思想を体現するための、「心の訓練」の瞑想である。
 つまり、
「すべての素晴らしいもの、喜び、幸せ、安楽、成功は他のもとへ
 すべての苦しみ、損、被害はわたしのもとへ」
という思いを心に植え付ける瞑想である。

 わたしは中学生のころから独学でヨーガ・仏教の修行を始め、35年以上、様々な瞑想を行なってきたが、その中でも何本かの指に入る強力な瞑想がこのトンレンである。
 わたしがこのトンレンを集中的に行なっていたとき、体中、特に胸の気道が歓喜で満ち、呼吸をするたびに強烈なエクスタシーに襲われて困ったことがある(笑)。
 またこの瞑想は精神的にも大変な幸福感をもたらすと同時に、病気治療にも効果がある。

 このトンレンを中心においた「心の訓練」の教えは、過去にはチベット仏教の中で「秘儀」とされており、その第一人者であったチェカワもある時期までそれを秘密裏に保っていた。なぜならこの教えが(まさにこのトンレンの瞑想も)、普通の人間の思考とは真逆の思想であり、普通の人間には理解が難しすぎると思われていたからだ。
 ところでこのチェカワには弟がいたのだが、兄と違って、怒りなどの煩悩が強く、何かというと周りに害を与えるような、どうしようもない人物と思われていた。チェカワも弟を何とか正しく導こうとしていたが、無駄であった。
 しかしあるとき、この弟が、以前に比べて穏やかで良い人柄になっていることにチェカワは気づいた。実は弟は、チェカワがトンレンを含めた心の訓練の教えを行じているのを陰からこっそりと盗み見て、ひそかに自分でも行じていたのだった。
 この事実に気づいたチェカワは、「あの弟のような人物でさえ善人に変えてしまうとは、この教えは何と素晴らしいものか。皆に広められるべきだ」と考えて、禁を説いて、多くの人に広め始めたという。
 またあるときチェカワは、多くの人がハンセン病で苦しむ地域に行きあたった。チェカワは彼らに対して大変な慈悲を感じ、「自分にはお金もなければ医療技術もない。わたしが持っているものといえば、長年にわたって行じてきた心の訓練の教えだけだ」と考えて、患者たちに「トンレン」の秘法を伝授した。それによって多くの患者の病状が快方に向かい、また病気が治らなかった者も、少なくとも病への恐怖や精神的苦悩から解放されたという。

 日本では以前はあまり知られていなかったこのトンレンだが、最近は書籍やネットなどで取り上げられることも増えてきた。しかし一部にはこのトンレンをエネルギーワークと勘違いしている人もいるようだ。そのように本質を見誤ると、この瞑想は失敗する。
 トンレンはエネルギーワークではない。あくまでも、エゴに満ちた自分の心を改造するための「心の訓練」の瞑想なのだ。先ほど病気治療にも効果があると書いたが、それは治療家が病人に向けてこの瞑想を行なうのではなく、もちろん病人自身がおこなうのである。病人が「世界中でこのような病気で苦しんでいる人々の苦しみはすべてわたしのもとへ。安らぎや健康はすべて他者のもとへ」などと瞑想することで、その病人の心身が快方に向かうのである。

 スピリチュアルの世界やヨーガの世界でも、以前からヒーリングやエネルギーワークが流行っているが、そのようなことをしたがる人の多くは、本人がまず一番に治療されなければいけないような、病んでいる人が多いように思われる。そんなエネルギーを与えられても、相手が迷惑なだけだ。
 そうではなくて、あくまでも自分のねじ曲がった心の治療法としてこのトンレンを謙虚に行じ続けることで、真に浄化され解放された広大な心ができあがったとき、はじめてその人は、そこにいるだけで周りを浄化するような波動やエネルギーを発せられる人になるだろう。
 

 トンレンは単純に言えば上述のように、

「すべての素晴らしいもの、喜び、幸せ、安楽、成功は他のもとへ
 すべての苦しみ、損、被害はわたしのもとへ」

の瞑想なので、このイメージを繰り返せばすべてトンレンになるのだが、効果的な方法として、呼吸と一緒に行なう方法がある。

 そのやり方にも細かくは様々なものがあるが、以下に、わたしがよく指導しているやり方をご紹介しよう。

プロセスその1

1 自分が愛する人、あるいは親しい人を誰か一人選んで、目の前にイメージする。

2 その愛する一人の人が、なんらかのかたちで非常に苦しんでいる様子をイメージする。

3 愛する人が苦しんでいるのを見て、自分の心の中に、強い慈悲の心を生起させる。

4 自分の呼吸に意識を集中する。

5 自分が息を吸うたびに、目の前の愛する人の苦しみが、黒いエネルギーとなって、呼吸と共に自分の中に吸収されることをイメージする。

6 自分が息を吐くたびに、自分の中の幸福や安らぎが、白いエネルギーとなって、呼吸と共に相手に注がれることをイメージする。

7 呼吸と共にこのイメージを繰り返すことで、目の前の愛する人は、苦しみから解放され、どんどん幸福になっていくことをイメージする。

8 自分自身は、相手の苦しみの黒いエネルギーを吸い込んでも、それによってけがれることはない。逆に、これによって自分のエゴが破壊され、純粋で透明な状態になっていくとイメージする。

プロセスその2

 プロセスその1を繰り返しながら、「愛する人」の人数を増やしていく。彼らすべてに、同様のイメージを繰り返す。

プロセスその3

 プロセスその2を繰り返しながら、目の前の人々の中に、「好きでも嫌いでもない人」を入れていく。彼らにもまた、分け隔てなく、同様のイメージを繰り返す。

プロセスその4

 プロセスその3を繰り返しながら、目の前の人々の中に、「嫌いな人」を入れていく。もし嫌いな人がいなかったら、苦手な人や、過去にいやな思いをさせられた人など、要するに、自分の人生の中でネガティブなイメージを抱きがちな人を入れていく。彼らにもまた、分け隔てなく、同様のイメージを繰り返す。

プロセスその5

1 目の前に、自分の想像できる限りの、この宇宙のすべての衆生をイメージする。

2 息を吸うたびに、この宇宙の苦しみをすべて自分が引き受けるような気持ちで、黒いエネルギーを吸い取るイメージをする。

3 息を吐くたびに、自分の中の幸福や安らぎをすべてこの世界に差し出すような気持ちで、白いエネルギーを吐きだすイメージをする。

4 この繰り返しにより、すべての衆生はどんどん幸福になり、苦しみから解放されていくとイメージする。また、自分自身はよりいっそうエゴが破壊され、純粋・透明な状態になっていくとイメージする。

 このような定型的な瞑想ではなく、その時々の自分の心の問題に合わせてトンレンを行なうこともできる。
 例えば何かへの恐怖や心配にさいなまれているとき、あるいは実際の被害や悪い現象に苦しめられているとき……世界中で同様のことで苦しんでいる人のその苦しみはすべて自分のもとへ、そしてそれらから解放された安らぎのカルマが自分の中にあるならば、それはすべて皆のもとへ、というイメージを呼吸に合わせて行なうのである。
 あるいは自分が何かに強く執着しているとき、それらを皆に与え、それらを得られない状況はすべて自分のもとへと、呼吸に合わせてイメージする。

 街を歩いていて、苦しそうな人や悲惨な状況にある人を見かけるたびに、その苦しみを吸い込み、自分の中の安らぎや幸せを与えるイメージをするのもいいだろう。
 繰り返すが、これらもすべて、あくまでも自分自身の「心の訓練」のために行なうのである。

 この教えと瞑想が世界の多くの人々に広まり、実践され、多くの人々がエゴという病から解放され、真の心の幸せと解放を得ますように。

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