マハープルシャ・シヴァーナンダの生涯(長編)(11)
1885年、シュリー・ラーマクリシュナは咽頭癌にかかり、容態が深刻になると、治療のために、カルカッタ近くのコシポルにあるガーデンハウスに移られた。
当然ながら、ターラクたち師の近しい弟子たちは、非常に心を悩ませ、できる限りあらゆる奉仕にわが身を投じた。
最初の頃、彼らはカルカッタにある各々の自宅からガーデンハウスを訪れては師の看病をし、睡眠と休息を取るために毎晩自宅へと帰っていたが、時が経つにつれて、師の容態が寝ずの番と看護を要するようになると、ターラクを含むほとんどの若き弟子たちは、常にガーデンハウスに寝泊まりするようになった。
コシポルのガーデンハウスで、シュリー・ラーマクリシュナは深刻な病状によって衰弱していたが、霊性の高みにおいては絶頂期であった。
1886年の元旦は、信者にとっての記念すべき日となった。師は少し気分が良かったので、庭に出ておられた。恍惚に満ちた境地にあった師は、たまたまそこにいた多くの信者にお触れになり、彼らを最高の歓喜で満たす素晴らしい霊的経験をお与えになったのだった。
後にベルル僧院にて、ターラクは次のように、その出来事を語った。
「あの日われわれは、いつものように食後、階下の大広間に隣接している小部屋で寝ていた。
師が午後に、その日初めて階下へ降りてこられて、散歩に出掛けられたのだよ。その日は祝日だったので、多くの信者達が庭にいた。師が小道をぶらぶら散歩しておられるのを見つけると、信者達は大変喜んでその後をついて歩いた。師がゆっくりと門の方へ向かって歩いていると、ギリシュ・バーブが師の御足に礼拝し、手を合わせて師に捧げる賛歌を口ずさみ始めた。
ギリシュの桁外れの信仰心と献身の心を表わす賛歌を聴きながら、師は立位のままサマーディに没入された。師が歓喜に没入しているのを知ると、信者達は大喜びして、何度も何度も師に礼拝しながら『シュリー・ラーマクリシュナに栄光あれ! シュリー・ラーマクリシュナに栄光あれ!』と叫び始めた。シュリー・ラーマクリシュナは、意識が徐々に半意識状態に戻ってくると、暖かい視線を信者達に投げ掛けて、こうおっしゃった。
『何と言ったらよいのか? ここにいる皆が霊性の悟りを得ますように!』
彼がこれらの言葉を発すると、言葉通りに、そこにいたすべての人々の心は、言葉では言い表せない祝福で一杯になったのだ。その境地に入ったまま、師は次から次へと一人一人の信者達に、『悟りに照らされますように!』と言いながらお触れになって、彼らに悟りをお与えになった。
彼の聖なる一触れによって、すべての人々は、非常な喜びに満ちた経験をした。結果的に何人かは瞑想に浸り始め、ある者達は喜びに満ちて踊りだし、他の者達は気が狂ったように師の栄光を歌い始め、ある者達は泣き出した。
それらは本当に、類稀な現象であった。
後で聞いてみると、その場にいたすべての人達が、それぞれ比類ない経験をし、その余韻が長時間続いていたことが分かった。
彼のその一触れで、そうならない筈があるものか! 彼は神ご自身だったのだ。
師はその日、『今ではない。あなたはもう少しあとで得るだろう!』と言いながら、一人か二人の者にはお触れにならなかった。人は皆、己の時期を待たねばならないのだ。」