アディヤートマ・ラーマーヤナ(33)「シーターのラクシュマナへの辛辣な言葉」
◎シーターのラクシュマナへの辛辣な言葉
そしてラーマはこのように考え始めた。
「この死んだ悪魔は『ああ! ラクシュマナ!』という私の声を真似て叫んだ。何ゆえに奴はそうしたのだ? シーターはこの私のような声を聞いてどう思うであろうか?」
そのように心配しながら、ラーマは走ってアシュラムへの帰路を急いだ。
その間にアシュラムでは、マーリーチャのいまわの叫び声が、シーターの心の中に大きな恐怖と悲しみを湧き起こさせていた。彼女はラクシュマナにこう言った。
「ああ、ラクシュマナよ! 早く行ってください。あなたの兄上の命が悪魔によって脅かされているのかもしれません。あなたは彼の『ああ、ラクシュマナ!』という嘆き声が聞こえなかったのですか?」
ラクシュマナは彼女を慰めようとして、こう言った。
「ああ、気高き御方よ! あの嘆き声はラーマ様のものではございません。あれは間違いなく悪魔の死に際の叫び声でありましょう。なぜならば、ラーマ様が怒ったならば、一瞬で三界を滅ぼすことができるからであります。神でさえも崇拝を捧げるあの御方が、どうして嘆き声などを発するのでありましょうか?」
これらのラクシュマナの言葉を聞いて、シーターは怒り泣きながら彼を見てこう言った。
「なんと不埒な人! わかりました、あなたはラーマ様が殺されるのを見たいのですね。あなたはラーマ様の滅亡を望むあのバラタに、われわれと共に来るように促されていたのです。ラーマ様が死んだら私をあなたのものにしようとしていたのでありましょう。しかし知っておきなさい。私は決してあなたのものにはなりません。見ていなさい、私はただちに自らの命を絶ちます。ラーマ様はあなたが彼の妻を横取りしようとしているなんて知らないでしょうね。私はラーマ様以外の男性には、あなたであろうと、バラタであろうと、一切触れることはありません。」
彼女はこのような調子で話し、自らの手で自分を打って涙を流した。これらの辛辣な言葉はラクシュマナの心をひどく傷つけ、彼は手で耳を塞いで、悲しみで心をいっぱいにしながらこう言った。
「そのようなことを仰らないでください。あなたの乱暴な言葉は、あなた自身に返ってくるでありましょう。あなたの破滅は間近に迫っています。」
こう言うと、シーターを森の神々の守護に委ねて、ラクシュマナは極度に悲しみに打ちひしがれた思いで、不本意ながらラーマを探しに行ったのであった。
◎ラーヴァナがシーターを誘拐する
そして、このチャンスを狙ってラーヴァナは、立派なヨーギーの杖と水入れの器を手に持ち、托鉢僧を装って、シーターの前に現われた。彼を見るとシーターは素早く彼にひれ伏して恭しく礼拝し、果物や根を彼に施した。彼を歓迎して、彼女はこう言った。
「ああ、聖者様! どうかこれらの果物と根をお受け取りになり、ここでしばらく休んでいかれてください。
すぐ私の夫が戻って来られます。彼もあなたをもてなしたいでしょう。ゆえに、もし時間がありましたなら、どうかここでしばらくお待ちください。」
これに対して、その托鉢僧はこう言った。
「おお、蓮華の眼をした者よ! そなたは誰ですか? そなたの夫は誰でありますか? 何ゆえにそなたは悪魔がよく行きかうこの森で暮らしておられるのですか? おお、善良なる女性よ! どうかそれらの事柄を私に教えてください。そうしたら私はあなたに、私に関してのすべてのことをお教えしましょう。」
シーターは答えてこう言った。
「アヨーディヤーを支配しておられた偉大なるダシャラタという名の、名高い王がおりました。一切の素晴らしい美徳を備えた彼の長兄がラーマであります。私、ジャナカの娘のシーターは彼の妻で、ラクシュマナは彼の愛しき弟です。父君の命により、ラーマ様は十四年間を森で暮らすためにここに来られたのです。さて、今度は私が何かあなたのことをお尋ねてもよろしいでしょうか。」
そこでその托鉢僧はこう言った。
「わしはプラシュティヤ族の末裔であり、すべての悪魔の王であるラーヴァナである。わしはお前に夢中になり、お前をわが宮殿に連れ去ろうとここへやって来た。苦行者の生き方をとったラーマは、お前にとって何の価値があろうか? わしと来て、共に人生を楽しもうじゃないか。これ以上、この厳しい森の中で暮らしてはならぬ。」
ラーヴァナのこの恐ろしい言葉を聞いて、シーターはわずかな言葉で返答した。
彼女はこう言った。
「あなたが私に今話された類の言葉は、ラーマ様の御手で下される死の天罰を招くことになりますよ。あの御方はすぐにその弟と共に戻って来られます。しばらく待っていなさい。私を――ハリ御自身のコンソートである私を連れ去るなどというあなたの脅しは、野うさぎがハリ(獅子)の妻をさらおうとしているかのように、滑稽なことです。あなたはすぐにラーマ様の矢に貫かれて、地面に倒れることでありましょう。」
シーターのその言葉を聞いて、ラーヴァナは突然に猛烈な怒りを覚えて、山のように大きく、十の顔と二十の腕を持ち、雨季の紺青色の雲のように厳粛な真の正体を現したのだった。
ラクシュマナがシーターを託した森の神々等は、その姿を見るや逃げ去ってしまった。そしてラーヴァナはシーターが立っている地面ごとすくい上げ、その土の塊をシーターと共に空飛ぶ馬車に乗せ、急いで空へと飛び立ったのだった。恐怖で震え、地面を見下ろしながらシーターは「ああ、ラーマ! ああ、ラクシュマナ!」と泣き叫び続けた。
そのとき、シーターの嘆き叫ぶ声を聞いて、鳥族の王、霊鷲ジャターユが、樹上の住処から空へと飛び上がり、このような言葉を突きつけてラーヴァナに戦いを挑んだ。
「止まれ、止まるのだ! お前は犬が供犠のための供物を持ち去っていくように、人けのないアシュラムから世界の主の妻をこっそりと連れ去るつもりであるな。私を倒すことなく、ここを通れると思うなよ。」
そう言うと、ジャターユは鋭いくちばしと爪でラーヴァナを攻撃し、彼の馬車の馬を殺して、彼の弓と乗り物を粉砕した。
そこでラーヴァナはシーターをつかんでいた手を放し、強烈に憤慨して剣をとると、ジャターユの翼を切断した。
鳥の王は、わずかに意識を残したまま地面に叩きつけられた。その間、シーターはこのように泣き叫んでいた。
「ああ、地球の主ラーマ様! 完全に悲しみに心を乱した私が見えないのですか? この悪魔から誘拐されたあなたの妻をお救いください。ああ、ラグ族の末裔よ。
ああ、敬虔なるラクシュマナよ! 私の罪を忘れて、私を許してください。私は、言葉にするのもはばかれるような言葉の雨で、あなたを非難してしまいました。どうか私を許してください。」
ラーマの到来を恐れたラーヴァナは、泣いているシーターを別の乗り物に移し、風の速さで先に進んだのだった。
空を飛んでいる間、蓮華の眼をしたシーターは地上を見下ろし続け、山の頂上に五人の猿が集まっているのを見つけると、上着の半分に自らの宝石を包んで、もしその猿たちがたまたまラーマに会うようなことがあったら、彼女について彼に話してくれるように、その包みを彼らに届くように投げたのであった。
そうしてラーヴァナは海を越えて、シーターと共にランカーに到着した。彼は彼女を居住用の宮殿に連れて行き、そして非常に辺ぴな場所にあるアショーカの林で、女悪魔たちの警備の中、彼女を監禁した。
監禁といっても、ラーヴァナはまるで自分の実の母を扱うようにして、手厚くシーターを守ったのであった。(ラーヴァナは心中ではラーマの帰依者であり、彼が愛欲の虜になった誘拐者の態度をとったのは、彼がラーマの御手によって速やかに殺されるためのヴェールなのであった。それは、ラーマは真実には常に至高者である一方、人間の役を演じ、すべての苦労を経験しているのと同様のことである。)
痩せ細り、みすぼらしく、髪は乱れ、心底恐怖しながら、シーターは完全に意気消沈した顔をし、「ああ、ラーマ様。ああ、ラーマ様」という哀れな泣き声を発しながら、女悪魔たちに囲まれて暮らしたのだった。