要約・ラーマクリシュナの生涯(22)「アクシャイとモトゥルの死」②
◎ハリ・サバーでの法悦状態
この頃モトゥルは、おそらくアクシャイの死によるラーマクリシュナの心中の寂しさを慰めるという意味も込めて、ラーマクリシュナを連れて、ある自分の領地と、家のグルのもとを訪れた。モトゥルは、ラーマクリシュナを神そのものとあがめ、霊的な事柄では彼に絶対服従していたが、世俗的な事柄ではラーマクリシュナを、自分が守護しなければならない何も知らない子供として見ていたのである。
この訪問からドッキネッショルに帰って間もなくして、ラーマクリシュナは、カルカッタのコルトラでたびたび催されていたハリ・サバー(ハリの御名を歌う集い)に招待された。
ラーマクリシュナがフリドエとともにそこへ到着したとき、そこでは誰かが『バーガヴァタ』を朗読していた。ラーマクリシュナも他の聴衆に加わって朗読に耳を傾けた。
ハリ・サバーの会員達は、自分たちを、チャイタニヤの熱心な信奉者とみなしていた。そのことを常に思い出すために、祭壇の上に御座を設け、そこにチャイタニヤが常にいらっしゃるということを思い描いていた。
『バーガヴァタ』の朗読を聞くうちに感極まったラーマクリシュナは、突然祭壇に向かって駆け出し、チャイタニヤの御座の上に立つと、深いサマーディに入った。そのたとえようもなく甘美なほほえみと光輝に満ちたお顔、チャイタニヤのように両腕を掲げて指を突き出したその姿を見て、優れた信者たちは、ラーマクリシュナがバーヴァムカにおいて完全にチャイタニヤと一つになったことを確信した。
朗読者も朗読をやめて、驚きのうちにラーマクリシュナを見つめた。ラーマクリシュナの入った境地を理解できなかったほとんどの信者たちも、信じがたい畏敬の念と驚きに心を打たれ、静まりかえった。誰もが、このことの是非も何も言えずにいた。全員が、言い表せない至福を体験し、ラーマクリシュナが醸し出す強力な霊的流れによって未知の領域に連れ去られたように感じたのだった。
やがて言葉にならない現象に突き動かされて、皆は「ハリボロ!」と叫び、キールタンを歌い出した。
キールタンでハリの御名が歌われると、ラーマクリシュナは幾分通常意識を取り戻し、キールタンに加わって優雅に踊り始めた。それによって信者たちの熱意は百倍にも高まり、キールタンは激しさを増した。長い間、ハリとチャイタニヤの栄光を恍惚状態で歌って踊った後、一同は歓喜の中で主の御名を叫び、その日の素晴らしい催しを終えた。そしてラーマクリシュナはドッキネッショルに帰った。
ラーマクリシュナの神聖な影響によって高次の霊域に引き上げられていた聴衆たちは、しばらくの間、「アラ探しをする」という悪しき性質から解放されていた。しかしラーマクリシュナが帰ると、いつもの状態に戻ってしまった。これが、この種のタイプの宗教の欠点なのである。こうした信仰の道を歩むサーダカたちは、ハリの御名を歌って踊っている間は高い至福の霊域にたやすく入りもするが、次の瞬間には低い次元に戻ってしまうのだ。
高揚した気分から醒めたハリ・サバーの会員のある者たちは、従来の性質と習慣の影響によって、ラーマクリシュナがチャイタニヤの座に立ったことを激しく批判し始めた。しかしバーヴァムカに入ったラーマクリシュナがそのような行動をとったことを肯定する一派もあり、彼らは辛辣な討論を繰り返したが、決着には至らなかった。
この事件は、ヴァイシュナヴァ(ヴィシュヌ派)社会に、口から口へと広まっていった。そしてハリ・サバーの会員達は、この問題の決着を判断してもらうために、ベンガルのヴァイシュナヴァ社会で大変尊敬されていた聖者バガヴァーンダース・ババジのもとを訪れた。
◎バガヴァーンダース・ババジ
バガヴァーンダース・ババジは当時、おそらく80歳を越えていた。一カ所に座って昼夜にわたって苦行、ジャパ、瞑想を行じ続けたせいで、晩年は足が感覚を失って麻痺していた。高齢で病を患い、歩行も困難になっていたが、ハリの御名を唱える熱意と、神への愛に流すおびただしい涙の量は、日々増え続けていた。
当時ババジのもとを訪れた者は誰もが、彼が生涯にわたって積み重ねてきた苦行、放棄、純潔、信仰に深い感銘を受け、素晴らしい至福を感じた。ババジがチャイタニヤのプレーマ・バクティについて語ることはすべて間違いのないものとして人々は受け入れ、その意見を実践するように励んだ。
さて、ラーマクリシュナという見知らぬ人物がチャイタニヤの座に勝手に上ったと聞いて、バガヴァーンダース・ババジは激しい不快感をあらわにした。ラーマクリシュナを辛らつに批判して、偽善者と呼んで激怒した。そしてハリ・サバーの会員達に対しても、そのような冒涜的な行為を目の前で許した不届きを叱責した。そして二度とこのようなことが起こらないよう、あらゆる予防策を講じるように指示した。
この出来事の数日後、ラーマクリシュナは自ら思い立ち、フリドエとモトゥルを伴ってカールナーに行った。モトゥルが食事と宿の手配をしている間、ラーマクリシュナはフリドエとともに、町を散策に出かけた。近くに有名な聖者バガヴァーンダース・ババジのアーシュラマがあると知ると、ラーマクリシュナはそこに向かった。
子供のようなラーマクリシュナは、初対面の人にはよく言いようのない恐れと恥じらいを感じる様子が見られた。このときもラーマクリシュナはそのような状態にあり、フリドエを先に行かせて、自分は頭から足先までを布で覆い隠して、フリドエの後をついていった。
フリドエはアーシュラマに入り、バガヴァーンダース・ババジに敬礼をした。このときフリドエは、ババジに近づいただけで、サーダナーによって培われた力をハッキリと感じた、と後に語っている。
このときババジは他の訪問者たちと共に、ある議論をしていたが、不意に話をやめ、「どなたか偉大な魂がこのアーシュラマにいらしたようだ」と言った。しかし当たりを見渡してもフリドエ以外に誰も新しい訪問客は見えなかったので、彼は議論に戻った。
その議論とは、ある過ちを犯したヴィシュヌ派のサードゥをどのように処置すべきかという問題であった。ババジは憤りをあらわにして、彼の数珠を取り上げて、サードゥ社会から追放しよう、と言った。
ちょうどそのときそこにラーマクリシュナが到着した。フリドエはババジにこう言った。
「私の叔父は、神の御名を唱えるうちに、忘我の境地に入ります。もう長年そうなのです。あなたにお目にかかりにやってきました。」
するとババジは議論をやめて敬礼し、二人がどこから来たのかを丁寧に訪ねた。
フリドエは、ババジが、人と話をしているとき以外は数珠を繰っているのに気がついた。常にラーマクリシュナと一緒にいたために度胸が据わっていたフリドエは、物おじせずにババジにこう尋ねた。
「悟りを得られた今もなお数珠を繰っておられるのはどうしてでしょうか? もはやその必要はないと思われますが。」
これに対してババジはこう答えた。
「実際私はもう自分のためにこのような行をする必要はないのですが、それでも良き手本となるために、数珠を繰らねばならないのです。これは極めて大切な事です。さもないと、私を真似ようとした人が道に迷う事になるでしょう。」
ラーマクリシュナがこのバガヴァーンダース・ババジのアーシュラマに来て最初に耳にしたのは、彼がサードゥから数珠を取り上げ、仲間から追放しようとしている話だった。そして次に彼は、上述のフリドエの問いに対するババジの返答を聞いた。するとラーマクリシュナは突然立ち上がり、ババジに向かってこう言った。
「今でもまだ自分の事をそんなふうに思っているのですか?
『あなた』が人々に教えると思っているのですか?
『あなた』がこの人を仲間から追放すると思っているのですか?
誰が『あなた』を指導者にしたのですか?
主が許されないのに『あなた』が世の人々に教えられると思っているのですか?」
ラーマクリシュナが頭からまとっていた布は地面に滑り落ち、腰布も落ちてしまった。そのお顔からは素晴らしい輝きが放たれていた。深い法悦状態にあったラーマクリシュナは、自分が誰に何を話しているか意識していなかった。そしてそのままサマーディに入った。
誰からも尊敬されていたババジに向かってこのようなことを言う人物は、かつて誰もいなかった。しかしババジは怒ることはなかった。苦行によって育まれた素朴さのおかげで、彼はラーマクリシュナの言葉の真義を理解し、自らの欠点を謙虚に慎ましく認めた。さらにラーマクリシュナのサマーディを見たババジは、彼が普通の人ではないことを確信した。
この後、ババジはラーマクリシュナと会話を交わしたが、会話の間にも無限の至福に没入するラーマクリシュナを見て、ババジは感動した。そして聖典の研究によって理解しようと長年努めてきたマハーバーヴァの強烈なあらわれをラーマクリシュナの中にありありと見て、深い愛と尊敬の念を抱いた。
そしてコルトラのハリ・サバーの集会でチャイタニヤの座に立ったラーマクリシュナなる者こそがこの人物だと知って、ババジは、それに対して辛らつな批判をしたことを悔やんでも悔やみきれなかった。そして恭しくラーマクリシュナの前にぬかずき、許しを乞うた。
この後、ドッキネッショルに帰ったラーマクリシュナは、モトゥルたちに一部始終を語り、バガヴァーンダース・ババジの高い境地を褒めた。そこでモトゥルもババジのもとを訪れ、ババジのアシュラムの特別な祭儀のために食事を振る舞った。
-
前の記事
「聖者の生涯 ナーロー」⑨(5) -
次の記事
「聖者の生涯 ナーロー」⑨(6)