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解説「菩薩の生き方」第二十七回(3)

 「常に心を清らかに保つ。」

 はい、これはまさに念正智っていう感じですね。もちろん、教えをしっかり学び、その教えに基づいた、理想的な心の清らかさをキープすると。
 いつも言うけどもさ、ほんとに皆さんは幸せです。何が幸せかっていうと、教えに出合ってるから。わたしもよく、いろんな人と話したりして、例えば若者とかでも、ね、例えば教えに出合えてとても良かったって感激したりすると。で、話を聞くと、いや、実はわたしは、昔からね、やっぱり正しく生きたいと思っていたと。でも何が正しいかよく分かんなかったと。だっていろんな価値観があるわけじゃないですか。あるいはいろんな常識があって。分かんなかったと。で、このダルマっていうのはそれをしっかり示してくれるから、だから出合えて良かったっていう人がよくいるわけだけど、まさにそういう感じだね。ダルマとの出合いがなかったら、もし善良な心を持ってたとしても、善良な心で悪いことやっちゃうかもしれないよ。あるいは、正しく生きたいと思ってたとしても、間違った観念にとらわれ、悪業ばかり積んでしまうかもしれない。だからそう考えると、われわれが教えに巡り合えたっていうのはとても素晴らしいと。だからそれに基づいた聖なる心をキープする。
 はい、そしてもちろん、教えによって、修行によって、どんどん心を浄化することによって、生来的なっていうかな、もともとの子供のような、純粋な気持ちを取り戻し、それをキープすると。
 ヴィヴェーカーナンダも言ってるように、ね、子供っていうのは、小さい子供っていうのは、内に、つまり心に泥棒がいないから、外側に泥棒を見ないと。泥棒っていう観念自体がない。だから外側に泥棒を見つけることができないと。これと同じで、われわれの心がほんとに浄らかになったら、ね、周りを見ていろんな批判心とか、あるいは悪を見ることはできない。だからヴィヴェーカーナンダは、まだわれわれが外側に、この世界に悪を見なければいけないことを嘆きなさいって言ってるわけだけど。
 そういう意味でも、われわれは心を浄化していって、まあ非常に純粋な心を取り戻し、それをまた念正智して、キープしていかなきゃいけない。「あれ? わたしの心に今こういう発想が出たけど、これはけがれじゃないか?」と。けがれだと気付いたらパッとそれを浄化すると。これも大事だっていうことですね。

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