解説「シクシャーサムッチャヤ」第一回(7)

そして、
「真理と出合うことを阻害するもろもろの難から脱するのは難しい。」
――これも今日は詳しくやらないけども、いつも出てくるね、「こうなると真理に出合えない、こうなると真理に出合えない」という条件がいっぱいあるわけですね。で、それを全部われわれはクリアして、今いるんだと。これは大変なことだと。
「一瞬でも清浄を具足するのは難しい。」
――われわれはけがれた、つまり悪しきカルマの輪の中で翻弄されて、もう自分をけがすようなことばっかりやってきたわけですね。この中で一瞬でも、自分の心の中で清浄さを具足する、つまり保つことっていうのはとても難しいことなんだ、ということを知らなきゃいけない。
「ブッダが世に出た時代に生まれるのは難しい。」
――ブッダが世に出た時代っていうのは、もちろん同じ時代にいるっていう意味ではなくて、ブッダの教えがね、まだ残っている時代っていうことです。つまりわれわれでいうとお釈迦様が現われて、で、お釈迦様はもちろん八十歳くらいで亡くなったんだけど、その後も仏教、まあ、あるいは仏教以外でも聖者がどんどん現われて、そのブッダの威力っていうかな、光っていうのがまだ残ってる時代、まだ真理っていうのがこの地上に残ってる時代ね――こういう時代に生まれるのは難しいんだよと。つまり逆に言うと、ない時代の方が多いんだと。ね。
例えば地球にわれわれが――あのさ、われわれは有史っていうかな、教科書で習ったような歴史しか知らないわけだけど、当然そのもっと前の人間の時代もこの地球にあったかもしれないね。いろんな、われわれがまだ知らない過去の地球の歴史っていうのは、当然あったでしょう。で、その中で当然、教えが全くない時代ってあったんだね。これは仏典にも、そういう時代にまだ菩薩だったお釈迦様が生まれたときの話もあるわけだけど。われわれはやっと――さっきから言ってるように人間に生まれること自体が難しいんだけど――人間としてやっと生まれましたと。でも教えなしと(笑)。「あれっ? おれはすごいチャンスを得て『人間だ!』って思ったけど、あれ? 教えがない」と(笑)。しかし今生は教えとも出合ったと。これはすごいことなんだってことですね。
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