要約・マハーバーラタ(30)「変装」
(30)変装
◎ユディシュティラ・・・パーンドゥ兄弟の長男。クンティー妃とダルマ神の子。
◎ビーマ・・・パーンドゥ兄弟の次男。クンティー妃と風神ヴァーユの子。非常に強い。
◎アルジュナ・・・パーンドゥ兄弟の三男。クンティー妃とインドラ神の子。弓、武術の達人。
◎ナクラ・・・パーンドゥ兄弟の四男。マードリー妃とアシュヴィン双神の子。非常に美しい。剣術の達人。
◎サハデーヴァ・・・パーンドゥ兄弟の五男。マードリー妃とアシュヴィン双神の子。
◎ドゥルヨーダナ・・・クル兄弟の長男。パーンドゥ兄弟に強い憎しみを抱く。
◎ドラウパディー・・・パーンドゥ五兄弟の共通の妻。
◎ヴィラータ王・・・マツヤ国の王。
◎シュデーシュナー妃・・・ヴィラータ王の妻。
◎キーチャカ・・・シュデーシュナー妃の弟。非常に強い。マツヤ国の国軍総司令官。
※クル一族・・・盲目の王ドリタラーシュトラの百人の息子たちとその家族。
※パーンドゥ一族・・・ドリタラーシュトラの弟である故パーンドゥ王の五人の息子たちとその家族。パーンドゥの五兄弟は全員、マントラの力によって授かった神の子。
「ブラーフマナ方よ、お聞きください。
私どもはドゥルヨーダナたちに欺かれて領土を騙し取られ、貧窮の境遇に落ちました。とはいえ、森の中での十二年間の生活は、あなた様方のおかげで、楽しく過ごすことができました。
ついに十三年目になりましたので、名残惜しいですが、皆さんとお別れしなければなりません。これからの一年間は、私たちはドゥルヨーダナたちに見つからないようにすごさなければならないのです。
どうか私たちに、祝福をお与えください。そして権力を恐れるゆえかあるいは褒美がほしいがために、私たちのことをドゥルヨーダナたちに通報しようとする者たちの目から、無事に逃れられますようお祈りください。」
ユディシュティラは、感動にわななく声で、森で一緒に暮らしていたブラーフマナたちにこのように言いました。
ブラーフマナのダウミャは、ユディシュティラを励ましてこう言いました。
「これから先の危険は大きいが、賢明で学識深いあなたは、たじろぐことなく前進なさるでしょう。
あなた方はドゥルヨーダナたちに見つからないように、変装した方が良いと思います。そうして彼らに勝ち、元の繁栄を取り戻してください。」
ユディシュティラはブラーフマナと別れ、また従者たちを家に帰すと、兄弟同士でこれから先の行動について話し合いました。
ユディシュティラはまずアルジュナに意見を求めました。するとアルジュナはこう答えました。
「王よ。ダルマ神が私たちを祝福してくれたことを覚えていらっしゃるでしょう? ダルマ神が断言してくださったのだから、われわれは発見されずに一年間、らくらくと過ごせますよ。
私たちが逗留するのに適した国は多くありますが、あえて私の意見を言わせていただくなら、ヴィラータ王のいるマツヤ国が最適ではないかと思います。」
ユディシュティラは言いました。
「ヴィラータ王はとても強く、しかも私たち兄弟をとても愛してくれている。判断力も確かで、徳を積むことにも熱心だ。彼なら、たとえドゥルヨーダナに脅されても、びくともしないだろう。よし、私も賛成だ。われわれが隠れ住むには、ヴィラータ王のマツヤ国が一番いい。」
「では、そうすることにいたしましょう。では王よ。あなたはマツヤ国で、どんな変装をして、どんな仕事をするおつもりですか?」
このように聞いたとき、アルジュナの胸は悲しみであふれました。かつて「皇帝」の称号を受けたユディシュティラ王、この偉大で清らかなユディシュティラ王が、いまや身をやつして他人の情けの下で働かねばならぬとは。
ユディシュティラは答えて言いました。
「ヴィラータに頼んで、宮廷の召使にしてもらおうと考えている。私は出家僧に変装するつもりだ。そしてヴェーダや論理学、政治学、占星術、その他の学問を、王のために面白く講義してあげよう。私はユディシュティラの親友だと名乗って、これらの学問を彼と一緒に学んだのだということにするよ。
ところでビーマ、アルジュナ、お前たちはどんな変装をして、どんな仕事をするつもりだ?」
ビーマは答えました。
「俺はヴィラータの宮殿で、料理人になって働こうと思う。俺は料理の達人だから、すばらしい料理を作って、ヴィラータ王を喜ばせてあげよう。」
アルジュナも答えました。
「兄上よ、私は宦官に化けて、宮廷の淑女たちの相手をするつもりです。上着を着けて腕の弓だこを隠しましょう。実は以前、ウルヴァシー天女から熱烈に求愛されましたが、断りました。彼女は恨んで、私が男性としての能力を失うようにと呪いをかけたのです。しかしインドラ神の助けにより、その呪いは一年間だけ有効、しかも私の都合のいいときに、ということになっています。そこでこの一年間をその時期に当てようと思います、白い腕輪をつけて、髪は女のように結い、女の衣装を着て、ヴィラータ王の王妃のシュデーシュナー妃の侍女になりましょう。ユディシュティラ王の宮殿でドラウパディー妃に仕えていたというふれこみで。」
これを聞いて、ユディシュティラは思わず涙を流しました。
「ああ、誰もかなわぬほどの名声と武勇を持ち、黄金のメール山のように気高いアルジュナが、宦官などになって働かねばならぬとは!」
次にユディシュティラはナクラとサハデーヴァに、同様のことをたずねましたが、彼らの母であるマードリーのことを思うと、また涙がこぼれ出ました。ナクラは答えました。
「私はヴィラータ王の馬舎で働きます。私は馬の心がわかるし、知識もあるので、馬の訓練や世話ができると思うと、今からわくわくしているのですよ。」
サハデーヴァは、
「ナクラが馬の世話をするなら、私は牛の世話をしましょう。」
と答えました。
次にユディシュティラは、
「ドラウパディーは・・・」
と言いかけて、後の言葉が続かず、ため息をつきました。ドラウパディーはユディシュティラの胸中を察して、自分からこう言いました。
「私のことは心配ご無用でございます。私はシュデーシュナー妃のおつきの女中として働きたいと思います。ドラウパディー妃に仕えていたと言えば、きっと雇ってもらえると思います。」
このように決心したパーンドゥ一家は、計画通りにそれぞれが変装して、マツヤ国に入り、職を乞いました。ヴィラータ王は彼らを見て、変装しても隠し切れない高貴さを感じ、このような者たちを召使として雇うことに気が進みませんでしたが、あまりに熱心に頼まれたので、ついに彼らが望むとおりの職につかせました。
さて、シュデーシュナー妃にはキーチャカという非常に強い弟がおり、国軍の総司令官をしていました。マツヤ国はこのキーチャカの強さで威厳を保てており、ヴィラータ王はただの飾りに過ぎないともいわれていました。そのキーチャカが、ある日ドラウパディーを一目見て、そのあまりの美しさに心を奪われてしまいました。彼はドラウパディーを自分のものにしたいと思い、求愛しました。たかが女中が、国の第一の実力者である自分の申し出を断るはずがないと思ったのです。
ドラウパディーは困り果ててしまいました。そこで彼女は考えた末、自分はガンダルヴァ(天の音楽神)の妻で、自分を辱めようとする者は誰であろうとも不思議な方法で殺されてしまうという噂を広めました。ドラウパディーの人並みはずれた上品さと、後光がさすばかりの美しさのため、この話は皆に信じられました。しかし肝心のキーチャカはそんな話を聞いても少しも驚かず、依然としてしつこくドラウパディーに迫ってくるのでした。彼女はとうとう耐え切れなくなり、シュデーシュナー妃に相談して、保護を求めました。
しかしキーチャカもまた、姉であるシュデーシュナー妃に、何とかドラウパディーを自分のものにしたいと迫りました。シュデーシュナー妃は何とか思いとどまるようにキーチャカを説得しましたが、ついには根負けし、二人でドラウパディーを罠にかけることになったのでした。
ある夜、シュデーシュナー妃はドラウパディーに、キーチャカのところへ行って、ぶどう酒を一杯もらってきてくれるようにと命じました。ドラウパディーは、自分にしつこく言い寄っている男のところへ、こんな夜遅くに独りで行くのは嫌でしたが、シュデーシュナーにきつく命令され、しぶしぶ行かざるを得なくなりました。
ドラウパディーがキーチャナの屋敷へ行くと、案の定キーチャカはドラウパディーにしつこく男女の仲となることを迫りました。ドラウパディーがどうしても拒むので、キーチャナは力づくでドラウパディーをおかそうとしましたが、ドラウパディーは必死で持っていたコップを投げ捨て、王宮へと逃げてきました。キーチャカは王宮までドラウパディーを追ってくると、大勢の見ている前で彼女を蹴飛ばし、口汚くののしりました。その場に居合わせたものは皆、国一番の実力者であるキーチャカを恐れ、ドラウパディーをかばおうとはしませんでした。
その夜遅く、ドラウパディーは、料理人に化けているビーマのもとへそっと行き、泣きながら、事の顛末をすべて話しました。
ドラウパディーを深く愛するビーマは、ドラウパディーが受けたひどい仕打ちを聞き、悲しみとショックのあまり、しばらく声も出ませんでした。やっとのことで、腹から搾り出すような声で、こう言いました。
「ユディシュティラがした約束が、何だというのだ。何がどうなろうと、かまうものか。俺はキーチャカとその一味どもを、今すぐ殺してやるぞ!」
しかしここでビーマが暴れたりしたら、正体がばれてしまい、すべてが水の泡になってしまいます。ドラウパディーは興奮するビーマを落ち着かせると、何とかビーマの正体がばれずにキーチャカをやっつける方法を二人で練りました。
翌日、ドラウパディーは、キーチャカの求愛に応じたふりをして、夜、一人で指定の場所に来てくれるようにとキーチャカに言いました。キーチャカは喜んで、夜になると、指定された場所へと向かいました。
しかしそこに横たわっていたのは、ドラウパディーではなくビーマでした。ビーマはライオンがえさに飛びつくように跳ね上がると、キーチャカをぶん投げました。しかし強者として知られるキーチャカも、この突然の敵の出現にもおじけることなく、ビーマとキーチャカのすさまじい戦いが始まったのでした。キーチャカは自分が戦っている相手を、ドラウパディーの夫といわれるガンダルヴァに違いないと思い、戦っていました。
当時、ビーマとキーチャカと、そしてクリシュナの兄であるバララーマの三人は、同じくらいの強さを持っているといわれていました。よって戦いは熾烈を極めましたが、最後はビーマはキーチャカの体をつき砕いて殺し、ものすごい力でこねくり回して、全く原形をとどめない肉団子にしてしまいました。
人々はキーチャカが、ドラウパディーの夫であるガンダルヴァによって殺されたのだと信じ込み、ドラウパディーは人々の恐怖の的になりました。
「この女は非常に上品で美しいが、ガンダルヴァが守っているので、非常に危険だ。市民にとっても王族にとっても、まことに危険きわまる存在だ。ガンダルヴァたちは、嫉妬したらどんなことでもやりかねない。この女をこの国から追放すべきだ。」
市民たちはこのように主張し、シュデーシュナー妃のところへ行って、ドラウパディーの解雇と追放を求めました。シュデーシュナー妃はドラウパディーを呼んで、こう言いました。
「お前はどんな点から見ても本当にすぐれた女だけれども、でも、どうかこの国から出て行っておくれ。もう、結構です。」
しかしパーンドゥ一家が身分を隠して潜んでいなければいけない期間はあと一ヶ月を切っていたので、ドラウパディーはこう言って、王妃に懇願しました。
「せめてあと一月だけ、ここにいさせてくださいませ。ガンダルヴァたちは、もうすぐ私を迎えに来ると言っていましたから。ガンダルヴァたちはヴィラータ王とこの国にとても感謝していますが、もしも怒らせるようなことになったら、大変な目にあうかもしれませんよ。」
このように言われて、シュデーシュナー妃はドラウパディーの言うことを聞かぬわけにはいきませんでした。
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