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生きているうちに

 中沢新一氏の師匠であるケツン・サンポ師の伝記「知恵の遥かな頂」はなかなか面白い本ですが、その中で個人的にとても心に残る一節があります。
 彼は生涯いろいろなラマに師事するのですが、その中の一人、ヨンジン・リンポチェというラマとの別れの場面です。当事、中国共産党軍のチベットへの武力制圧が激しさを増し、有名な高僧たちも次々と投獄や弾圧を受けていました。この時期、ダライ・ラマを初め、多くの高僧がインドへ亡命を始めており、若き日のケツン・サンポも、ヨンジン・リンポチェ師に「一緒にインドに行きましょう」と誘うのですが、ヨンジン・リンポチェ師は、「わしはもう年寄りだ。人の世にはもう必要のない人間だ。だから、中国の友人たちが何をしでかそうと、わしはここを出ないよ」と言って、それを断り、長い独居修行に入るのです。
 お互いにこれが今生の別れになるだろうことを予見していた二人は、そこで最後の会話を交わすのですが、ヨンジン・リンポチェ師はケツン・サンポに向かって、最後にこのように言います。

「この人生に執着があると、死ぬときには後悔が生まれる。死の時に決して後悔などしないように、生きているうちに、全力を尽くしておくのだよ。」

 そしてこの
「生きているうちに、全力を尽くしておくのだよ」
という言葉を、最後にリンポチェは、何度も繰り返したといいます。

 単純ですが、心にしみるメッセージですね。

 もちろんこの文脈では、リンポチェがケツン・サンポに言った全力とは、悟りのために、あるいは菩薩になるための修行に全力を尽くせ、ということでしょう。

 しかし普遍的なメッセージとしては、まだ悟りを求めていない人であっても、悔いのないように、あらゆることに全力を尽くして生きろということでしょう。
 何が正しいのか、今何を自分はやるべきなのか。それは皆、ずっと模索し続けていくことでしょう。しかし今の選択が正解か不正解かは別にして、とにかく全力を尽くすべきです。そしてそれによってのみ、自分の道がはっきりと見えてくるでしょう。
 生きているうちに。--死はいつ来るかわからないからですね。

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