ライトエッセイ し・・・信夫山での祈り
ライトエッセイ
し・・・信夫山での祈り
エッセイ集などに何度か書いたりしたことなので重複になるが……わたしが生まれ育った福島県福島市は、盆地なのだが、町中にまるで島のようにぽつんと、信夫山という山がある。
この山は古くは修験道の行場だったようで、三つの峰には有名な山形の出羽三山と同じ名前がつけられている。
中学生のころ、わたしはこの山の一番高いところにある烏が崎という場所の岩に上り、神に二つの祈りをささげた。
その一つは「わたしに苦しみをお与えください」であり、
もう一つは「わたしに真理をお与えください」であった。
正確には二番目の祈りはこんなにはっきりしたものではなかったが、今回のテーマではないので詳細は省く。
一番目の祈りは、おそらくその当時読んでいた【宮本武蔵】などの影響だ(笑)。まだこの時点でヨーガ修行には巡り合っていなかったが、とにかくわけもわからず強く湧き上がってくる求道心や、自己を厳しく鍛えたいという思いがあった。
さて、この祈りは、ほどなくして二つとも叶うことになる。
一つ目の祈りは、転校先でいじめにあったことで叶った。
ここで普通は、「転校したからいじめにあったのだ」という因果関係を考えるだろうが、わたしはそうは思えなかった。
いじめというか、人間関係の破綻や、その中で孤独や苦痛を味わわなければならないような流れは、その前から少しずつ始まっていた。
わたしは小学生のころは人を笑わせるのが好きだったのもあり、どちらかというとクラスの人気者であった。
中学も公立だったので、小学生からの友達も多かった。
そもそも学校自体はあまり好きではなかったが、友人関係はおおむねうまくいっていた。
しかし、あるときから徐々に何かが変わり始めた。
といってもそれは、ハッキリした大きな何かがあったわけではない。
仲が良くいつも遊んでいた友達と意見が少しずつ合わなくなったり、番長(死語?)のようなやつとぶつかったり……
そのような、ひずみというか、ガタガタと安定を壊さんとする胎動が始まっていたのを感じていた。――「あれ、なんかちょっと違うぞ」と。
しかし小学校から築いてきた友人たちとの関係性は思いのほか安定していたので、様々なひずみが生じても、大きくそれが根底からひっくり返されることは考えづらかった。具体的に言えば、その中学校でわたしが、「多くのクラスメイトから陰湿ないじめにあい、気心の知れる友人もほとんどいない」という状況に陥るのはまず考えづらかった。
よって転校が必要だったのだろう。
つまり転校したからいじめられたのではなく、いじめられなくてはいけなかったから転校したのだ。
転校はつじつま合わせに過ぎない。
これはわたし自身がその流れの中にいて感じたことだ。
これは人生の中での大きな出来事だったのでわかりやすい例として挙げたが、日々の小さな出来事も皆同じだ。
我々は「これをしたからこうなった」「こうすればよかった」などと目の前の現象や行動に因果関係を求めがちだが、実際の因果の法はもっと深いところにある。
それはカルマの法則といってもいいし、神の意思といってもいいものだ。
さて、この転校先の中学校でわたしはひどいいじめにあったが、同時にこの頃、ヨーガに出会い、独学でヨーガ修行を始めた。
信夫山での祈りは、こうして二つとも叶ったのだ。
神はお優しく、祈りは必ず叶う。