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ミラレーパの十万歌 4.賢い女悪魔からの挑戦

ミラレーパの十万歌

賢い女悪魔からの挑戦

 すべてのグルに敬意を表します。

 あるときミラレーパは、ニャノンに短期間だけ滞在しました。そこの人々は、彼にもっととどまってくれるように懇願しましたが、ミラレーパは同意せず、グルの指示に従ってリウォ・ベルンバルに行き、リンバの近辺の洞窟で瞑想修行を行ないました。
 彼の座った場所の右手に、裂け目がある岩がありました。ある夜遅く、その裂け目から、ピシッという鋭い音が聞こえました。ミラレーパは座から立ち上がってあたりを見回しましたが、別段変わりがなかったので、錯覚だろうかと思い、また座に戻りました。
 すると突然、裂け目から強い光線が一筋放たれました。そしてその光線の真中に、赤い色をした男が、美しい女にひかれた黒い鹿に乗ってあらわれました。男はミラレーパに肘鉄を一発くらわせるとともに、息の詰まるような風を巻き起こし、姿を消しました。女は赤い雌犬に変身し、ミラレーパの足にかみつきました。
 これは女悪魔のタウクシンモが魔法であらわした幻影だということに気付き、ミラレーパは女悪魔に向かって次の歌を歌いました。

 哀れみ深いお方、マルパに礼拝いたします。
 
 お前は性悪なリンバ・タウクのタウクシンモ、
 罪深い女の霊。
 魔法で悪質な姿に化け、
 私を侮って、隙を狙ってやってきた。
 私は、快い調べの歌で惑わしはしない。
 ただ誠実な言葉と真理を歌うのみ。

 青空の真中で、
 月と太陽の祝福が、豊かさをもたらす。
 天の素晴らしい宮殿から、一条の光が射し、
 その光によって、すべての衆生は照らされ、認識される。
 太陽と月が四つの大陸の周りをまわっているときに、
 惑星チャムジュが敵対しませんように。

 東の領域では、雪山の頂上で、
 雪原の雌ライオン、ダルセン・ガルモが繁栄をもたらす。
 彼女は獣たちの女王
 腐った肉は決して食べない。
 彼女が地平線にあらわれるときには
 嵐によって苦しめてはならない!

 南では、森の木々の中で、
 山の雌トラ、タクモ・リタが繁栄をもたらす。
 彼女はあらゆる野獣たちの中の勇者、
 雄々しく、そして無敵。
 彼女が狭く危険な道にふみいるときには
 ハンターの罠で待ち伏せてはならない!

 西では、青く広大なマパムの大海の中で
 ドガル・ニャ(白い腹の魚)が繁栄をもたらす。
 彼女は水のエレメントの最高のダンサー
 見事に目玉をぎょろつかせる。
 彼女がおいしい餌を捜し求めるときには
 釣り針で痛めつけてはならない!

 北では、広大な赤い岩の上方で
 シャジャゲウボという大きな禿鷹が繁栄をもたらす。
 彼女は鳥の王
 まことに不思議なことに、決して他の命を奪うことがない。
 彼女が三つの山の頂上で餌を捜し求めるときには
 網で捕らえてはならない!

 禿鷹が住むリンバの洞窟の中で、
 私、ミラレーパが繁栄をもたらす。
 私は、私自身と衆生の幸福のために
 世俗的な人生を放棄している。
 ボーディチッタによって、
 一生でブッダの境地を得るべく奮闘する。
 怠惰でなく、気を散らすことなく、ダルマの修行を行なう。
 タウクシンモよ、どうか私を苦しめないでくれ!
 五つのたとえと六つの意味を持つこの歌、
 韻を踏んだ歌、金の糸のような歌を
 どうかよく聞いてほしい。

 哀れなタウクシンモよ、私の言うことがわかるだろうか?
 邪悪な行為に着手するならば、思い罪になる。
 この罪深きカルマに注意すべきではないか?
 有害な思考と悪意に満ちた心を、調御すべきではないか?
 すべての事象は単に心から生じるものであると悟らないならば、
 ナムドク(流れ続ける粗雑な妨害想念)の絶え間ないあらわれは、決してやむことがないだろう。
 もしも、心の精髄が空であると悟らないならば、
 どうして邪悪な霊を追い払うことができようか?
 罪深き女悪魔よ! 私を苦しめないでくれ!
 私を害することなく、自分の居所に戻りなさい!

 女悪魔は、即座に姿を消しました。しかし再びミラレーパの足をとらえて、彼の歌に答えました。

 
 あなたは、才能に恵まれたダルマの息子、
 勇気と忍耐を有するただ一人の者、
 墓場の道を踏むヨーギー、
 禁欲主義に従う聖なる仏教徒
 あなたの歌はブッダの教え
 黄金よりも価値があります。
 黄金を真鍮と交換するのは不届きなこと。
 もしも、犯した罪の償いをしないとするならば
 私がこれまで口にしたことのすべてが嘘になるでしょう。

 あなたが今私に歌ってくださった
 「カルマの歌」へのお返しとして
 このたとえ話に、耳をお貸しください。

 青空の真中で
 太陽と月が光り輝き、
 その光によって、大地の繁栄がもたらされます。

 あなたが今話されたように、
 神々のはかりしれない宮殿から降り注ぐ光線は
 四つの大陸の闇を追い払い、
 月と太陽は、四つの島々の周りをめぐり、
 たやすく光線を放ちます。
 もしも彼らが、その輝く光線に目をくらませなかったならば
 どうしてラーフが彼らを苦しめることができましょうか?

 東では、水晶のような雪山が高くそびえる場所で、
 ダルセン・ガルモが繁栄をもたらします。
 彼女は獣たちの女王、
 彼女は獣たちをしもべとして支配します。
 彼女が地平線に姿を見せたとき、
 傲慢になりすぎていなかったならば、
 ハリケーンや嵐に苦しめられなかったでしょう。

 南では、密林の木々のただなかで
 山の雌トラが繁栄をもたらします。
 あらゆる獣たちの中で、彼女は勇者。
 その爪で征服した話を誇らしげに自慢します。
 彼女が狭く危険な道に近づくときは、
 おごり高ぶった態度で、プライドを誇示します。
 もしも、人目を欺く縞模様や微笑みを見せびらかさなければ、
 ハンターの罠にとらえられることは決してないでしょう。

 西の領域では、青い大海の深みで、
 白い腹の魚が繁栄をもたらします。
 彼女は水のエレメントのダンサー。
 偉大な神々を見る者であると主張します。
 大食ゆえに、おいしい餌を捜し求めます。
 もしも、人間の食べ物を捜し求めるために、その幻影の身体を使わなかったならば
 どうして釣り針が彼女を害することができましょうか?

 北では、広大な赤い岩の上方で
 鳥たちの女王の禿鷹が繁栄をもたらします。
 彼女は木々に囲まれて住む、鳥のデーヴァ。
 すべての鳥たちを自由にできると自慢げに主張します。
 餌にする血と肉を捜し求めるとき、
 三つの山を越えて飛びます。
 もしも彼女が獲物を狙って舞い降りなければ
 どうして網でとらえられることがありましょうか?

 禿鷹の住む岩では、あなた、ミラレーパが繁栄をもたらします。
 あなたは、自分自身にも他の者にも
 よいことをなすと主張します。
 完全なるボーディチッタの成熟によって
 怠惰でなく瞑想します。
 あなたの志は、一生でブッダになること。
 あなたの願いは、六界の衆生を救うこと。
 あなたが瞑想修行に没頭していた時、
 習慣的な思考の強力な力が生じ、
 あなたの自我意識を呼び起こし、偽りの識別を喚起させました。
 もしも、あなたの心に、
 「敵」という差別的な思考が生じなかったならば、
 どうして私、タウクシンモが
 あなたを苦しめることができましょうか?

 習慣的思考という害悪は、
 自己の心のみから生まれると知るべきです。
 もしもあなたが、「それである心」を悟っていなかったならば
 あなたの導きに従って、何の利益になりましょうか?
 あなたはあなたの道を行き、私は私の道を行く方がましです。

 心の空性を悟らない者は、
 悪の影響を決して免れることはできません。
 人が、自我意識を自ら理解するなら
 すべての障害と困難は、自己の助けとなります。
 その時は、わたし、タウクシンモも
 喜んでその者のしもべとなりましょう。
 あなた、ミラレーパは、未だ誤った概念を持っています。

 あなたはまだ、自我意識の本質を洞察しなければなりません。
 幻影の根本まで貫く必要があります。

 タウクシンモが歌い終わったとき、ミラレーパはその賢さに大変な感銘を受けました。女悪魔からこのような言葉を聞くことができて非常に喜びました。そしてその返答として、「思考の八つのたとえ」という歌を歌いました。

 そうだ! そうだ! あなたが言ったことは真理だ。まさに真実だ。
 ああ! 性悪なタウクシンモよ、
 これほどの真理の言葉には、そうそう出会えるものではない。
 私はあちこち広く旅をしたが、
 このような美しい歌を耳にしたことはなかった。
 たとえ、ここに偉大な学者が100人集まったとしても
 これ以上のまとを得た説明をなすことはできないだろう。
 幽霊であるあなたは、良い言葉を歌った。
 それは黄金の棒のようであり
 私の心を強く打つ。
 このようにして、心臓の風、法我執は取り払われる。
 私の無智という盲目による闇は、このようにして照らし出された。
 智慧の白蓮華は、このように咲き誇る。
 自己の自覚を照らし出すランプは灯され、
 そして自覚の正智は、完全に自由になる。

 この正智が自由になり
 大いなる青い空をじっと見上げると
 私は、存在の空という本性を、完璧に悟る。
 目に見える存在については、
 私は、不安も恐れも抱いていない。

 太陽と月を見つめるとき、
 私はその裸性、心の精髄を悟る。
 散漫さとこん眠については、私には何の恐れもない。

 山々の頂上に目を凝らすとき、
 私は、不変のサマーディをはっきりと悟る。
 変化と流れについては、私には何の恐れもない。

 川の流れを見下ろすとき、
 流れゆくすべてのものの流動的性質を、完全に悟る。
 「原因がない」という誤った見解については、
 私は、何の恐れも心配も抱いていない。

 虹のような「存在の幻影」を熟視するとき
 私は、色と空の同一性をはっきりと悟る。
 虚無主義および現実主義という誤った見解については、
 私には何の恐れもない。

 影、そして「水に映った月」を見るとき、
 私は、自ら輝く非執着を、完全に悟る。
 主体と客体という思考については、
 私には何の恐れもない。

 自己を自覚する心の奥に目を向けるとき、
 私は、内なる灯明の光をはっきりと見る。
 無智という盲目については、私には何の恐れもない。

 罪深き霊であるあなたの歌を聴くとき、
 私は、自己の自覚の本性を、完璧に悟る。
 障害と困難については、私には何の恐れもない。

 幽霊であるお前は、実に雄弁に語った!
 お前は本当に、お前が語ったような心の本性を理解しているのか?
 お前が報いとして得た、老婆のような恐ろしく醜い幽霊としての誕生を見よ!
 お前は性悪で邪悪な行ない以外、何もしていない。
 これはお前がダルマの教えに無智であり、戒律を無視してきたが為である。
 お前は、輪廻の害悪と苦難に対して、
 もっと熱心に勤勉に気を配らなくてはならない。
 十悪の行ないを、徹底的に放棄せねばならない!
 ライオンのごときヨーギーである私には、恐怖もパニックもない。
 罪深き悪魔であるお前は、私の冗談ごとを、真実と思ってはならない。
 私はお前をからかっただけのことだ。
 ああ、霊よ! 今宵、お前は私を真似てあざけったが、
 どうかわれわれが、「ブッダと5人の悪魔」の伝説に従うことができますように。
 そして、お前の中に、完全なるボーディチッタが生じますように!
 お前の純粋な誓いが、私の慈悲と結びつくことによって、
 お前が未来際において、私の弟子のひとりとなりますように。

 ミラレーパの返答に心動かされ、ジェツンへの完全なる帰依心が、タウクシンモの心の中に花開きました。彼女はミラレーパの足をはなすと、甘い声で歌いました。

 功徳の蓄積のゆえに
 あなた、おお、才能に恵まれたヨーギーは
 ダルマの修行を行ない、
 このようなさみしい山の中に独居することができるのです!
 あなたの慈愛に満ちた目は、すべての衆生を慈悲をもって見守り続けています!

 私はパドマ・トゥティンの系統に従い、
 聖なるダルマの貴重な言葉を聞きました。
 多くの説法を聞き、 
 大きな集会にも参加しましたが
 なおも私の渇愛ととらわれは度を越しているのです。

 私はダルマを順守する者たちを、善へと導きます。
 私は才能に恵まれた仏教徒たちに、正しい道を指し示します。

 私の意図は友好的で、私の動機は善良なのですが
 この堕落した肉体を維持するために、食べ物を探さねばなりません。
 
 私はこの邪悪な姿で、地上をうろつきます。
 私の食べ物である、新鮮な血を求めて。
 
 私は出会う者誰でも、その魂の中に入り込み、
 かわいらしくチャーミングな少女たちの心を刺激し、
 力強くりりしい若者たちの血を、情欲で狂わせます。
 この目で私はあらゆる人生劇を見て楽しみ、
 この心で私はあらゆる国家に渇望を巻き起こし、
 この身で私は人々を興奮させ、そわそわさせます。

 私の家はリンバ、
 私のすみかは岩の中です。

 これが私のなしたこと、
 これが私の真摯な回答、正直な告白です。
 これが、私たちの出会いに対する挨拶の言葉。
 これが、あなたに対する私の帰依のあかし、そして供物です。
 この正直な歌を歌いながら、
 心を鼓舞して、幸福になりましょう。

 ミラレーパは考えました。
「この悪魔のまじめな問いかけには、十分にこたえなければならない。彼女の傲慢さをしずめるために。」

 そしてミラレーパは歌いました。

 聞きなさい、一心に耳を傾けなさい、邪悪で醜い者よ。
 グルは素晴らしいが、弟子が悪い。
 ダルマの教えを聞いたり読んだりしただけの者は、
 単に言葉をつかんだに過ぎず、
 真のダルマを理解したことにはならない。
 彼らの言葉がいかに流暢で説得力をもってひびこうとも
 その中には何の利益も価値もない。

 人を欺く言葉や、軽薄な会話は、
 心のけがれを浄化する助けにはならない。

 過去に培った邪悪な習慣の傾向と、
 現在の悪質な行ないのゆえに、
 お前は戒と誓いを破ってきた。
 それらの罪が及ぼす力によって、
 お前は女性としては劣った姿に生まれたのだ。
 お前の身体は、共食いをする動物たちに哀れな根城をさまよい、
 お前の言葉は、自己欺瞞と偽りに満ち、
 お前の心には、他を苦しめようという考えがしみついている。

 カルマの法則をなおざりにしたがために、
 醜い身体の下等な出生を得たのだ。
 もしも今、輪廻の欠点について考えるならば
 己の過ちを告白し、善を行なうと約束するであろう。

 ライオンのように、私は恐れることがない。
 ゾウのように、私には不安がない。
 狂人のように、私には何の要求もなく、何の希望もない。
 私はあなたに、率直な真理を語っている。
 私を困らせたり苦しめたりすれば、
 お前自身の悲しみがより一層増大するだけである。

 純粋なるダルマに誓いなさい。
 未来際において、私の弟子になれるように願いなさい。
 ああ、混乱した、邪悪で醜い者よ。
 これらの言葉について、注意深く考えなさい!

 タウクシンモは最初にあらわれたときと同様の姿をあらわし、敬意をこめて歌いました。

 三つの時の聖なるブッダ方の中で
 ブッダ・ヴァジュラダラが、その長です。
 彼はまた、驚くべき教義の主でもあります。
 ボーディチッタの生起は、実に注目に値します。

 あなたは私を邪悪で醜い者と呼ぶかもしれませんが、
 私にも、大いなる功徳があるのです。
 あなたの忠告を聞いた時、真実の理解が生じました。
 最初、私はグルの教えに従うと誓い、
 聖なるダルマを聞き、学びました。
 しかし、そのうちに放縦になり、邪悪な行ないに手を染めるようになりました。
 悪しき愛著の炎が、私の心に荒々しく、耐えがたく燃え上がり、
 私は、醜い女悪魔の姿に生まれたのです。
 すべての衆生を助けようと思っても、
 そのたびに、結果は悪く出ました。

 偉大なるヨーギーであるあなたは、昨年の初めにやってきました。
 洞窟に一人住み、独居して瞑想なさいました。
 時々はあなたのことが好きですが、時々はそうではありません!
 今夜やってきたのは、あなたが好きだからです。
 あなたの足にかみついたのは、あなたが好きではないからです。
 私は今、この邪悪な行為を後悔しています。

 これから先、この哀れな醜い者は、悪行を放棄します。
 心をこめて、ダルマを実践します。
 全力を尽くして、仏教に奉仕いたします。
 今からは、祝福の樹の涼しい木陰で、
 どうか、五毒の渇愛から、私を守ってください。

 私、醜い姿の邪悪な女は、あなたに帰依します。
 そして、あなたが授けて下さった教えをよりどころとします。
 これによって、敵意のある態度を放棄します。
 今より、ブッダの世界に至ることができるまで、
 私は、ヨーギーたちを守護し、瞑想するすべての者たちの味方になることを誓います。
 教義を信奉する者と、戒律を順守する者に、
 奉仕し、力を貸します。
 熟練したヨーギーたちとダルマの、忠実なしもべとなります。

 そしてタウクシンモは、ミラレーパの前で、今後誰にも害を加えないことを誓いました。彼女はまた、瞑想を行なうすべての者たちを守護することを誓いました。
 タウクシンモを導くために、ミラレーパは歌いました。

 私は、輪廻を放棄した尊敬すべき者。
 私は、わがグルの有徳な息子。
 私の中には、尊い教えが蓄えられている。
 大いなる真心と献身をそなえた仏教徒が、私である。

 私は、存在の精髄を見るヨーギー。
 私は、すべての衆生の母のようである。
 私は、勇気と忍耐をそなえた男であり、
 ゴータマ・ブッダの精神を保持する者であり、
 衆生を救うためにブッダになることを発願した師である。

 私は、常に慈愛に忠実な者。
 大いなる慈悲によって、私はあらゆる邪悪な思考をしずめた。
 私はリンバの洞窟に住む者、
 気を散らすことなく、瞑想修行を行なう。

 お前は今、幸福だと思うか?
 混乱した悲惨な醜い者よ!
 もしもまだ幸福を得ていないと思うなら、
 それは、お前自身の過失である。
 注意せよ! お前のエゴへの執着は、お前自身よりも大きい。
 注意を払え! お前の感情は、お前自身よりも強い。
 ああ、幽霊よ。お前の悪質な意志は、お前自身よりもはるかに悪意に満ちている。
 お前の習慣的な思考は、お前自身よりも特徴的だ。
 お前の絶え間のない心の動きは、お前自身よりも錯乱している。

 幽霊の存在を維持するならば、
 単に危害を生じさせるだけのこと。
 幽霊の非存在を理解するならば、
 それはブッダへの道となる。
 幽霊と真実が一つであると知るならば、
 それは解放への道となる。
 幽霊はすべて自己の両親であると知るならば
 それは正しい理解となる。
 幽霊自体が自己の心であると悟るならば
 それは至高の栄光となる。

 もしもお前が、私が述べた真理を悟るならば
 お前はすべての束縛から解脱するだろう。
 これがお前に対する、私の教えである。女悪魔よ!

 私の弟子になるためには、戒を守らねばならない。
 ヴァジュラヤーナのおきてを破ってはならない。
 大いなる慈悲を堕落させてはなならない。
 仏教徒たちの身口意を苦しめてはならない。
 もしもこのおきてを破るならば、
 お前は間違いなく、まっさかさまに、ヴァジュラ地獄に落ちることになる!
 これらの重要なおきてを、三度唱えなさい。
 その意味を忘れることなく、実践しなさい。

 
 さあ、われわれは今、祈願しよう。
 お前に速やかに恩恵があるように!
 想像できないほど広大な、無二のボーディチッタによって、
 お前が大いなる幸福を得るように。
 来世において、お前が私の高弟となるように。
 おお、ヴァジュラサットヴァの女よ。
 
 
 タウクシンモは、ジェツンの前で誓いをなした後、彼に敬意を表し、さらにその周りを何度も回りました。そして、ミラレーパの命令にはすべて従うことを誓うと、虹のように空に姿を消しました。

 やがて夜が明け、太陽が光を放ち出しました。そしてしばらくすると、タウクシンモが、彼女の兄弟姉妹や従者たちを引き連れて戻ってきました。皆、ジェツンにまみえるために、きりっとした顔をして、最上の服を着ていました。彼らはミラレーパにたくさんの供物を差し出しました。

 タウクシンモがミラレーパに言いました。
「私は罪深い霊です。邪悪なカルマの力によって、劣った姿に生まれました。邪悪な習慣的思考によって、他の者たちが同じように邪悪になるよう、影響を与えていました。
 私はあなたにお祈りいたします。どうか私をお許しください。
 邪悪な意図によって、私はあなたに危害を加えました。どうか、私のなしたことをお許し下さるようお願いいたします。
 これより先、あなたの命令を厳しく守り、忠実なしもべとなるように努めます。
 慈悲をお示しください。そしてあなたが悟られた至高の真理を、私たちにお説きください。」

 このように乞い願い、タウクシンモは歌いました。

 おお、汝! 偉大なる勇者たちの息子よ!
 あなたは多くの功徳を積まれたが故に
 才能に恵まれた者となりました。
 際立った継承に属し、
 祝福の波動を賦与されています。

 あなたは、偉大な忍耐をもって瞑想を行ない、
 我慢強く一人とどまり、
 深遠なる教えを熱心に修行なさるお方です。
 あなたにとっては悪魔もなく、障害もありません!

 内なる気道とプラーナという小宇宙を悟ることによって、
 あなたは偉大な奇跡を起こすことができます。

 わたしたちとあなたは友好関係にあります。
 過去世における私たちの純粋な願いが、この出会いをもたらしました。
 私はこれまでに成就をなした多くの聖者に会いましたが、
 あなたを通じてのみ、恩恵と導きを授かりました。
 私、醜い幽霊は、誠意をもって申し上げます!

 ヒーナヤーナの便宜的真理は、幻でしょう。
 愛著をしずめるということは、カルマのゆえに、実に困難です!
 誰でも、ダルマについて雄弁に語ることはできるかもしれませんが、
 苦しみや不幸がやってきたとき、口先だけでは何の役にも立ちません。
 このような、ダルマから外れた師は、
 自分自身を救うこともできず、単に嫌悪を招くだけです。

 三つの時のブッダの変化身であるあなたよ!
 あなたは、ダルマターの不変の真理を悟っています。
 内なる教えに従って、あなたはダルマの真髄を実践します。
 「究極の解脱」が育まれたこの祝福された地で、
 私たち、タウクシンモと従者たちは、
 最奥の秘密の教えを明らかにして下さるよう、
 あなたに懇願いたします。
 懇願いたします! どうか私たちに、ヴァジュラヤーナの秘密の言葉、究極の真理をお授け下さい。
 懇願いたします! どうか私たちに、偉大なる輝く智慧をお教えください。
 懇願いたします! どうか私たちに、光の輝きをお授け下さい。

 不変の真理、深遠な秘密の教義を聞けば、
 低い道に落ちることはないでしょう。
 秘密の教義の教えを実践するなら、
 輪廻の道にさまようことはないでしょう。
 どうか隠すことなく、私たちにすべての真理を明かして下さるよう、懇願いたします。

 ミラレーパは言いました。
「今私が見た限りでは、お前たちのすべてが、不変の真理の最高の教えを実践する能力を持っているわけではない。
 もし内なる教えを学びたいと主張するならば、お前たちの命をかけて、心から誓わなければならない。」

 そこでタウクシンモは、今より後、ジェツンの命令にすべて従い、すべての仏教徒に奉仕し、手助けすることを誓いました。
 彼女の問いに答えて、ミラレーパは「27の消滅に関する真実不変のダルマ」という歌を歌いました。

 人間の肉体を持つ秘密のブッダよ
 比類なき翻訳者マルパ、私の父なるグルよ
 あなたの御足に礼拝いたします。
 おお、恩寵を与えて下さるお方よ!

 私は、芸を誇示する歌手ではないが、
 幽霊のお前は、何度も何度も私の歌を懇願する。
 今日はお前のために、究極の真理について歌おう。

 雷、稲光、雲は、
 空から生じ、消滅し、空に帰っていく。

 虹、靄(もや)、霧は、
 天空から生じ、消滅し、天空に帰っていく。

 蜜、果物、穀物は、
 大地から生じ、消滅し、大地に帰っていく。

 花、葉、森林は、
 大地から生じ、消滅し、大地に帰っていく。
 
 さざ波、潮流、水流は、
 大海原から生じ、消滅し、大地に帰っていく。

 習慣的思考、とらわれ、欲望は、
 アーラヤ識から生じ、消滅し、アーラヤ識に帰っていく。

 自己の自覚、自己の光輝、自己の解放は、
 心の精髄から生じ、消滅し、心の精髄に帰っていく。

 非生起、非消滅、非表現は、
 ダルマターから生じ、すべては再びダルマターに帰る。

 幻影、妄想、悪魔のヴィジョンは
 すべてヨーガから生み出され、消滅し、再びヨーガに帰っていく。

 もしも、ヴィジョンのリアリティにとらわれるならば、
 彼は瞑想において混乱するだろう。
 もしも、あらゆる障害が
 空を明らかにする、心の顕現であると知らないならば、
 彼は瞑想において誤った方向に導かれるだろう。
 すべての混乱の真の根源も、同様に心に由来する。
 この心の本性を悟る者は、
 来ることも行くこともなく、大いなる光を見る。
 すべての外的な形の本性を観察するならば、
 彼はそれらが、心の幻影的ヴィジョンであることを悟る。
 また彼は、色と空の同一性を見る。

 さらには、瞑想することも幻影の思考であり
 瞑想しないこともまた幻影である。 
 瞑想するのもしないのも同じである。

 「二者」を区別することは、すべての誤った見解の源である。
 究極の見解の境地からすれば、一切の見解は存在しない。
 これが、形あるものの本性である。
 ダルマの本質の観察についての教えは、
 空間のたとえによって説明される。
 タウクシンモ、お前は、「思考を超える」ということの意味を調べるべきである。
 お前は瞑想において、散漫さのない領域に入るべきである。
 お前は常に「真髄」を意識し、
 自然に、自発的にふるまうべきである。

 言葉を超えたものが成就であり、
 それは希望と恐怖から解放されている。
 私には、軽薄な雑談をしたり、戯れのために歌っている暇はない。
 おお、霊よ! 吉兆なるダルマについて考えなさい。
 尋ねるのは少しにしなさい。
 そんなにたくさんの質問をしてはならない。
 リラックスして、安らかに座りなさい!

 私は、お前の求めに応じて歌う。
 これらは私の狂気の言葉。
 もしお前がこれらを実践できるならば、
 空腹のときには「大いなる至福」という食べ物を得るであろう。
 そして喉が渇いたときには「漏れることのないアムリタ(不死の甘露)」を飲むであろう。
 そうなればお前は、自らの行ないによって、ヨーギーたちの手助けをすることが可能となる。

 タウクシンモとその一団は、ジェツンへの献身の思いに圧倒され、敬意を表し、何度も彼の周りを回りました。
 彼らは叫びました。
「尊師よ、私たちは本当に、あなたに深く感謝いたします!」
 そして虹のように、空に姿を消しました。
 そのとき以来、彼らはミラレーパの命令に従いました。
 彼らはヨーギーたちに奉仕し、決して苦しめることなく、その善き友となりました。
 

 これが、リンバの洞窟のタウクシンモの物語です。

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