パトゥル・リンポチェの生涯と教え(25)
◎慈悲を培い、空性を理解する
ゾクチェン僧院の上方の森林に覆われた荒野にあるヤマーンタカ窟で、パトゥルは、長年の弟子であるニョシュル・ルントクとパルチェン・ドルジェ、そしてその他の多くの弟子たちに、イェーシェー・ラマの教えを与えた。
あるとき皆は、「輪廻とニルヴァーナの識別」という一連のゾクチェンの前行を行なっていた。そのとき、ニョシュル・ルントクは、普通ではない動きで歩き回っている、兄弟弟子のパルチェン・ドルジェを見て、感銘を受けた。パルチェン・ドルジェの動きはまるで、口に綱をくわえて歩いている、ヤクのような駄獣(荷物の運搬に用いられる動物)を思わせたのだ。
これを見て、ルントクは慈悲の想いで圧倒され、そのような荷物の運搬に使われる動物がどれほど苦しんでいるかということが、嫌というほどわかった。この洞察によって、彼は、以前とは一転して、すべての衆生が輪廻の中で大変な苦しみを味わっているということを認識し始めたのだった。ルントクの衆生の苦しみへの慈悲の想いは、深くなった。
次にルントクは、「フーム音を発する」という修行を行なった。まずはその種字(フーム)の音を発し、それからその種字(フーム字)を観想し、どんどんその数を増殖していって、フーム字が充満したという経験を完全にするまで、それらをどんどん広げていくのである。
そのとき、完全な広がりの中にある全宇宙が、実体がない完全なる透明なもの――本質的にはまったくの空であるとして、ルントクに明かされたのだった。
◎ルントクの夢
ニョシュル・ルントクは、パトゥルからイェーシェー・ラマの教えを受けている間、繰り返し、黒い羊の毛玉の夢を見続けた。その夢の中で、彼は、その玉が解けないように、しっかりと握っておかなければいけないという気持ちに駆られるのだった。
ある夜、教えを受け終わると、ルントクはまた別の夢を見、その夢にはパトゥルが現われた。そこにはまた、黒い羊の毛玉があった。パトゥルがその毛糸の端を引っ張ると、玉は完全に解け、そこに黄金のヴァジュラサットヴァの像が現れた。そしてパトゥルはその像をルントクに与えたのだった。
夢の中で、ルントクは顔をしかめて、こう考えた。
「像が毛糸の中にあると知っていたら、私はそれが解けないようにと一生懸命になる必要はなかったのに!」