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ジャータカ・マーラー(9)「ヴィシュヴァンタラ王子」③

 侍者は、悲しみの涙に頬を濡らしながら、ヴィシュヴァンタラのもとへと行き、悲しみと苦悩のために動揺し、声を出して泣きながら、ヴィシュヴァンタラ王子の足元に身を伏せました。
 
 侍者の様子に驚いたヴィシュヴァンタラ王子が、いったい何があったのかと尋ねると、侍者は答えました。
「親切な大王の命令さえ顧みず、聞こうともせずに、怒りに満ちたシビ族の民衆たちは、王子さま、あなたを王国から追放します。」

 ヴィシュヴァンタラ王子は尋ねました。
「シビ族の民衆たちは、いったい何に対して怒っているのか。
 私は戒律を破ったことがない。私は怠惰であることを嫌う。
 シビ族の民衆たちが私のどこのことで立腹しているのか、私にはわからない。」

 侍者は答えました。
「あまりにも寛容でありすぎるが為です。
 あなたは欲を離れた清らかな満足をお持ちです。
 しかし乞食たちの満足は、貪欲に満ちた満足です。
 王子さま。あなたがあのゾウの王を布施してしまったとき、シビ族の民衆たちは、怒りのために平静さを失ってしまったのです。
 このようにして怒りに満ちた彼らは、あなたを王国から追放し、あなたが出家修行者の道を行くことを望んでいるのです。」

 そこで菩薩は、慈悲の反復によってはぐくまれた、衆生に対する慈愛と、卓越した堅忍不抜さをもって、こう言いました。
「シビ族の人たちは本当に心変わりしやすく、また私の本性をよく知らないようである。
 私は必要ならば自分の両目でも頭でも与える。まことに世間の人々のために、私はこの身体を保持しているのです。衣服とか乗り物や財産などはなおさらのことである。
 たとえ私をシビ族の者たちが皆で殺そうとも、あるいは追放しようとも、私が布施をやめることは決してないだろう。さあ、私は苦行林へ行こう。」

 さて、この話を聞いた彼の妻のマドリー妃は、悲嘆に暮れました。彼女に対してヴィシュヴァンタラ王子は言いました。
「見目麗しき人よ。あなたが持っている財産は、布施のために使いなさい。」

 マドリー妃は尋ねました。
「王子よ。どこにそれを与えればいいのでしょうか。」

 ヴィシュヴァンタラ王子は言いました。
「戒律を守る人たちに対して、あなたは尊敬をもって喜ばしい布施をしなさい。なぜなら、このような布施は、壊すことができず、後世にも続くものであるから。
 義理の両親を愛しなさい。二人の子供を養護しなさい。そして怠惰でなく、法を実践しなさい。私との別離に悲しんではいけない。」

 これを聞いてマドリー妃は大きな心痛を感じましたが、夫の堅固な心がひるむことがないように、気丈な態度でこう言いました。
「王子よ。あなた一人で森へ行こうとなさるのは、法にかないません。
 王子さま。あなたがお出でになるところなら、私はどこへでもまいります。
 あなたのそばにお仕えしていれば、私にとっては死も宴です。
 あなたなしに生きるのは、私にとっては死よりも苦しいことです。
 それに、私にとっては、森にすむのは決して苦ではありません。なぜなら、苦行林には悪者はいないし、樹木も川の流れも尽きることはありません。鹿がたくさんいて、いろいろな鳥がさえずっています。瑠璃を敷き詰めたような美しい草原があって、とても楽しいところです。」

 賢き妻のこのような言葉を聞いて、ヴィシュヴァンタラ王子は森へ行く切望を強め、その前に、物乞いたちのために大きな布施をしようとしました。
 

つづく

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