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ジャータカ・マーラー(19)「スタ・ソーマ」(2)

 その砦は殺された人間の死骸で満ちていました。そこにスタ・ソーマ王子をおろすと、スダーサの息子は少し休息しました。

 そのときスタ・ソーマ王子は、公園にやってきた、法を説くブラーフマナのことを思い出しました。彼はこのように思いました。
「ああ、ひどいことをしてしまった。
 あのブラーフマナは、法を説き、そのお礼として贈り物を受け取る希望を持って、遠くからやって来たのだ。彼は、私が捕らえられたと聞いたら、どう思うだろう。贈り物を受け取る希望を打ち砕かれ、苦しみと失望と疲労とともに、悲しんではため息をつくだろう。」

 偉大なる魂であるスタ・ソーマ王子は、そのようにブラーフマナの苦しみに心を痛めて、慈悲の習性のゆえに涙が出てきました。
 そのとき、スダーサの息子は、目に涙を浮かべているスタ・ソーマ王子を見て、嘲笑いながら言いました。

「おい、泣くのはやめろ。
 お前は多くの徳をそなえた賢者として名高い。それなのに我が力に屈して、お前までも涙を流している。
 自分の愛しい生命を、財産を、親族の者たちを、あるいは王位を失うことを悲しみつつ、息子を愛する父を、あるいは涙ぐむ息子たちを想起して、お前は涙をあふれさせたのか? 真実を語れ。」

 スタ・ソーマ王子は、こう答えました。

「私は、生命を、両親を、息子たちを、親族を、妻たちを、あるいは王位の楽しみを想起して、涙を生じさせたのではない。
 そうではなく、贈り物を受け取る希望を持ってやってきたあのブラーフマナは、私が捕らえられたと聞いて、きっと絶望して苦しむに違いないと思い、私は涙ぐんでいる。
 それゆえに、一度戻らせてください。私は彼の善き法の言葉を聞き、彼に贈り物を与えてから、私はここにまた戻ってきましょう。
 これは私が逃げ出すための策略であると、そのようにあなたは疑ってはなりません。私のような者の行く道と他の人たちの行く道は異なるのですから。」

 スダーサの息子は言いました。

「お前の言うことに敬意は表するが、どうしても信用することはできない。いったい誰が、死の口から逃れ、自由になった後、再びそこに近づくであろうか? お前が再びここに戻ってくるような理由が、いったいどうしてあろうか?」

 スタ・ソーマ王子は言いました。

「私が戻ってくる理由を、どうしてあなたは理解しないのですか? 私は戻ってくると約束したではありませんか。それゆえに、私を悪人と同じように疑うのはやめてください。私はまさしくスタ・ソーマです。
 欲のために、また、死の恐れのために、ある人たちは誓いを草のように捨てる。しかし、善き人々にとっては、誓いは宝物であり、生命である。それゆえに、苦難の中にあっても彼らはそれを捨てることがない。
 生命も、この世の幸せも、誓いが欠けたら、もろもろの悲痛に向かうことから守ることはできない。真の歓喜ややすらぎの宝庫である誓いを、誰が捨てるであろうか?
 もしも私にあなたへの恐怖があったら、あるいはもろもろの快楽への執着や、無慈悲な心があったら、そもそも私は武器や盾を用意して、あなたと戦っていただろう。
 しかし私は、あなたとの親近を願う者である。あのブラーフマナの法を聞き、贈り物を与えたら、私はあなたのもとへと戻ってこよう。」

 スダーサの息子は、まだスタ・ソーマ王子への疑いを持っていましたが、とにかく行かせて試してみることにしました。

「それでは行け。お前の真実の約束とダルマとやらを、私は見てみよう。
 行ってお前は、そのブラーフマナに贈り物を与えた後で、急いで戻れよ。その間に私は、お前の火葬の薪を用意しよう。」

 スタ・ソーマ王子は「承知した」と答えて、城に帰りました。そして例のブラーフマナを呼び、彼から、四行の詩からなる法の教えを聞きまた。それを聞いてスタ・ソーマ王子は、その真理の言葉に敬信の心を生じ、一つの詩を千金に値するとみなして、大量の財産をそのブラーフマナに送りました。
 そのとき、彼の父は、不適当な浪費をやめさせようと思い、スタ・ソーマ王子にやさしくこう言いました。

「親愛なる息子よ、説法に対するお礼において、お前は適量を知るべきである。お前はこれから多くの人を扶養していかなければならないし、また、財産によって王の威光は維持されるのである。それゆえに私はお前に忠告するのだ。
 説法に対して百金を贈るのも、きわめて高い価格である。それより高いのは耐えがたい。たとえ富裕者でも、そのように過度に布施をし続けるなら、すぐに貧乏になってしまうだろう。」

 それにこたえて、スタ・ソーマ王子はこう言いました。

「王よ、もし善き説法の価格を決めることができるなら、たとえ王国すべてを与えたとしても、私は非難されることには決してならないでしょう。
 真にそれを聞けば心は平静となり、至福は不動のものとなり、智慧の増大により闇はなくなる、そのような真理の言葉は、自分の体の肉を差し出しても買うべきではないでしょうか。
 聖なる学びは迷妄の闇を破る光明であり、また、盗賊等によって奪われることのない最高の財産です。疑念という敵を打ち倒す剣であり、道理を教える最高の大臣です。 
 不幸に陥っても変わることなき友であり、憂いに対する治療です。悪業の軍勢を打ち破る大軍であり、光り輝く最高の財宝です。
 聖なる学びの栄光は、智者たちを喜ばせ、慢心を打ち破り、清らかな目的を達成します。
 このように多くの功徳をそなえた聖なる学びが、贈り物のように得られたのに、どうして私がそれにお返しをしないことがありましょうか。
 しかし同時に私は、あなたの命令も無視することはできません。
 それゆえに私は、スダーサの息子のところに行きます。私は王位の苦労を欲しません。
 また、戻ることを恐れて誓いを破れば、悪の道に従うことになり、何の利益も得られないでしょう。」

 これを聞いた父王は、愛情によって動揺して、こう言いました。

「愛しき息子よ、お前のためを思って私は言ったのである。それゆえに、お前は腹を立ててはなりません。
 お前は彼のもとに戻ることを約束したので、誓いを守って彼のもとへ行こうとしている。しかし、私はそれを許さないだろう。真に自己の命を守るためと、父母のためならば、誓いを破っても罪にはならない。
 政治に通じた者たちは、財と愛欲に反するような法に熱中することは道理に反することであり、悪であると、王たちに宣言する。
 それゆえに、私の心を苦しめ、自分の利益を顧みないお前のこの頑固さは、もうやめるがよい。
 お前の心は、誓いを破ることになれていないので不安定なのだろう。しかし今や、お前を救うための軍隊の準備は整っている。よってお前はその軍隊と共に彼のもとに戻り、彼を降伏させよ。あるいは殺せ。このようにすれば、約束を守り、かつ自分をも救うことになるだろう。」

 しかしスタ・ソーマ王子は、こう答えました。

「王よ、私は、哀れな、苦難の泥におぼれ、地獄に直面している人たちや、自分の親戚から捨てられた寄る辺なき友人たちに、打撃を与えることはできません。
 さらに、かの人食いは、私の言葉を信じて、私を解放してくれたのだから。
 父上、彼のおかげで私は真理の法の言葉を聞くことができました。それゆえに彼は恩人なのです。
 王よ、心配しないでも大丈夫です。私を害するようないかなる力が彼にあるでしょうか。」

 スタ・ソーマ王子はこのように父をなだめると、たった一人で約束通りスダーサの息子のもとへと戻っていきました。
 スダーサの息子は、スタ・ソーマ王子が戻ってくるのを見ると、大変驚き、尊敬と敬信の心が増大し、長い習性によって増大した残忍さにけがれた心を持っていたにも関わらず、次のような思いが心に生じました。

「ああ、ああ、まことにこの王の誓いの広大さは稀有の中の稀有であり、未曽有の中の未曾有であり、超人的である。
 殺生を本性とする私のもとへ、恐怖も動揺もなく、彼はこのように戻ってきた。驚くべき勇気であり、あっぱれな誠実さである。
 彼は真実のために己の命と王国を捨てたのだ。」

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