クリシュナ物語の要約(9)「ヴリンダーヴァナへ」
(9)「ヴリンダーヴァナへ」
二本の樹が倒れる大きな音を聞くと、ナンダたちは、雷が落ちたのかと驚き、大挙してそこに集まってきました。
するとそこには、二本のアルジュナの樹が倒れていました。誰もそれが幼いクリシュナが倒したものとは思わず、いったい何があったのかと不思議がり、何かの悪いことの前兆であると考えて、非常に困惑したのでした。
すると、そこにいた子供たちがこう証言しました。
「この樹はこの子が倒したんだよ。この子が臼を引きずって通って行ったら、二本の樹が倒れて、そこから二人の人が現われたんだ!」
誰もそんなことは信じませんでしたが、ナンダはクリシュナが紐で臼につながれ、それを引きずっているのを見ると、笑いながらその紐を解いてあげました。
その後、クリシュナは、まるで普通の子供のように、ゴーピーたちの求めに応じて、踊ったり、美しい声で無邪気に歌われました。
また、親族の人たちに命じられるままに、椅子や靴を運んできたり、手をたたいたりして、彼らを喜ばせたのでした。
ある日、果物売りの女性がクリシュナの家の近くを通りました。「果物を買ってください!」というその声を聞くと、クリシュナは果物を食べたいと思い、お金の代わりに手にいっぱいの穀物を持って、その女性のところへ歩いていきました。
しかしよちよちと歩く間に、クリシュナの小さな手からは、穀物がほとんどこぼれおちてしまいました。果物売りの女性はそれを見ると、何も言わずに多くの果物をクリシュナの手に乗せてあげました。するとそのとたん、彼女の持っていた籠は、無数の素晴らしい宝石でいっぱいになったのでした。
その後しばらく経ったある日、ゴークラに様々な災いが起こるのを見て、いったいどうすべきかと、ナンダをはじめとする年長の牛飼いたちが、話し合いをしました。
最年長の者であり深い智慧を持つウパナンダは、こう言いました。
「これらの様々な事件が示唆する大災害がヴラジャを襲う前に、われわれは仲間と子供たち全員を連れて、どこか他の土地に移動すべきだろう。
さて、ここから少し離れた所に、ヴリンダーヴァナという地があり、そこは牛たちにとっては理想的な場所である。常緑の森林が広がり、牧草や植物も豊富に茂っているのだ。
それゆえわれわれは今日、ただちにその地へ移動すべきだろう。」
牛飼いたちは皆賛同し、こうして人々はヴリンダーヴァナへ向けて出発したのです。
ヤショーダーとローヒニーは同じ馬車に乗り、その横にはクリシュナとバララーマが仲良く座り、その様子はまことに美しく、そんな御子たちが語る話を、母親たちは熱心に聴くのでした。
こうして一行は、一年を通して快適なヴリンダーヴァナに到着しました。クリシュナとバララーマは、そこに広がるヴリンダーヴァナの森や、ゴーヴァルダナの丘、ヤムナーの砂浜などを見ると、その素晴らしい光景に大いに喜んだのでした。
クリシュナとバララーマはその後、あどけないしぐさや美しい表情でヴラジャの人々を喜ばせながら、すくすくと成長していきました。そして少し成長したころ、子牛の世話を任されるようになったのです。
ある時、二人の御子がいつものように、牛飼いの子供たちとともに、ヤムナーの岸辺で子牛を放牧させているとき、悪魔ヴァッツァカが、クリシュナとバララーマを殺そうとしてやってきました。
ヴァッツァカは魔術で子牛に変身しました。しかしクリシュナは即座にそれを見破って、バララーマにもそれを教えると、無邪気な子供のように、ゆっくりとその子牛に近づいていったのです。
そしてクリシュナは、子牛に変身したその悪魔のしっぽと後ろ足をつかみ、ぐるぐると回転させて、カピッタの樹めがけて思いきり放り投げたのでした。するとその悪魔の身体からは、振り回される間に魂が抜けだしてしまい、その身体はカピッタの樹に思いきりぶつかり、果実を落としながら地面に落下してきたのでした。
それを見ると、子供たちはおどろいたものの、「ああ、すごいや、よくやったね!」と言ってクリシュナに拍手喝采を送り、天からそれを見ていた神々も大いに喜んで、空から無数の華を振りまいたのでした。
またあるときは、バカという名の強大な悪魔が、巨大な鷲の姿に変身してやってきました。そしてその悪魔はクリシュナに近づくと、巨大なくちばしでクリシュナを飲み込んでしまったのです。
クリシュナが巨大な鷲に飲み込まれるのを見て、バララーマと子供たちは、驚きのあまりに呆然となってしまいました。
しかしクリシュナは、悪魔バカに飲み込まれたとき、その悪魔の喉を真っ赤に焼いたため、悪魔は悶絶して、クリシュナを吐きだしてしまいました。
悪魔バカは非常に憤慨し、今度は鋭いくちばしでクリシュナを刺し殺そうと、猛烈な勢いで突進してきました。しかしクリシュナはそのくちばしをうまくキャッチすると、そのまま悪魔バカの身体を真っ二つに引き裂いてしまいました。
それを見ていた天の神々は歓喜して、ナンダナの園(インドラ神の喜びの園)に咲くジャスミンの花を振りまきました。そして天の太鼓をたたき、法螺貝を吹き鳴らし、賛歌を歌って、クリシュナに心からの喝采をささげました。そしてその様子を、子供たちは脅威の様子で眺めていたのでした。
クリシュナが悪魔バカに打ち勝って、無事に子供たちのところへ戻ってきたとき、バララーマと子供たちは安心して、クリシュナを抱きしめました。そして彼らはその後、この出来事を村の大人たちに話しました。
それを聞いた牛飼いやゴーピーたちは非常に驚きましたが、同時に、さまざまなかたちで悪魔に襲われてもかえって悪魔の方が破滅させられてしまう、このクリシュナの偉大さに驚き、讃嘆し、喜びました。
ナンダをはじめとする牛飼いたちは、このようにクリシュナのことばかりを話し、それに非常な喜びを覚えていたために、彼らはこの輪廻の世界の苦しみを、少しも経験しなかったのでした。
クリシュナとバララーマの二人は、このようにしてヴラジャにおける子供時代を、かくれんぼ遊びや、河の堰を作ったり、猿のようにとび跳ねたりしながら、楽しくすごしていかれたのでした。
つづく
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