クリシュナ物語の要約(29)「クリシュナとバララーマの旅立ち」
(29)クリシュナとバララーマの旅立ち
さて、こうしてヴラジャにやってきたアクルーラは、クリシュナに対して、カンサがヤドゥ族に執拗な敵意を抱いており、そして今はヴァスデーヴァを殺そうとしていること、また自分が何を伝えるためにカンサにここに遣わされたか、そして神仙ナーラダがカンサに、クリシュナはヴァスデーヴァの息子だと教えたこと、それらのすべてを話したのでした。
クリシュナとバララーマは、アクルーラの言葉を聞くと、にこやかに笑って、ナンダに、カンサからの命令を伝えたのでした。
それを聞いたナンダは、明朝、牛飼いたちとともに、その盛大な祭りを見学するために、マトゥラーへ出発することを決めました。
さて、アクルーラが、クリシュナとバララーマを都に連れて行くためにやってきたと知ると、ゴーピーたちは大いに悲しみ、完全に意気消沈してしまいました。
彼女たちの幾人かは、あまりにも悲しんだために、その美しい顔が台無しになりました。あるゴーピーたちはひどく落胆して、肩がけやバングルを落とし、髪の房もばらけてしまったのです。
また別のゴーピーたちは、心を集中させてクリシュナを思い続けて、真我の領域に昇った者のように、感覚器官の働きをすべて停止させて、肉体への思いを捨てたのでした。
また別のゴーピーたちは、クリシュナが優しい微笑みとともに語られた、心の琴線に触れるような言葉を思い出すと、気を失ってしまったのです。
クリシュナの華麗な身のこなしと、優雅な歩き方、優しい微笑みを浮かべたまなざし、悲しみを消し去るユーモアに満ちた言葉、数々の偉大な行ない、それらを思い出したゴーピーたちは、差し迫るクリシュナとの別れを思うと、非常な恐怖に襲われてしまい、全員が心を取り乱したのでした。そして彼女たちは全員で一カ所に集まると、感情を高ぶらせて、あふれるように涙を流しながら、クリシュナだけを思って、夜を通して語り合ったのです。
ゴーピーたちは言いました。
「ああ、創造者よ、あなたはなんと無慈悲なのでしょう。
美しき頬と高き鼻、うっすらと巻き毛がかかり、優しき笑みで悲しみを消し去る、美しきクリシュナのお顔を、私たちに見せておきながら、今や私たちの目からそれを隠すとは!
ああ、アクルーラよ、アクルーラ(冷酷でない者)という名を持ちながら、あなたはなんと冷酷な方なのでしょう! クリシュナのお姿を眺めてきた私たちの目を、あなたはまるで無智な者のように奪い取られるのです!
ああ、私たちがナンダの御子と結んだ愛などは、ほんのひとときのものなのです。あなたに私たちは魔術をかけられて、夫や息子、家や親族を捨てて、あなたの愛を求めたのです。なのにあなたはもう、私たちを顧みようとされないのです!
この夜が明けたなら、都の女性たちは喜びに沸くでしょう。クリシュナが雄々しく都に入られるや、甘露のような彼のほほえみを、彼女たちは心ゆくまで眺めることができるからです。
ああ、私たちを慰めようともせずに、命よりも愛しきあのお方を連れ去るとは、そんな無慈悲な者を、どうしてアクルーラなどと呼べるでしょう?
さあ、みんな、礼儀正しくクリシュナに近づき、あの方をお引き留めしましょう! クリシュナと離れることなどどうしてできるでしょうか? 彼と引き離されて悲しむ私たちに、長老や親族が何をできるというのでしょう?
あの方が示された、愛ある御心と魅力的な笑み、甘きささやき、陽気なまなざし、暖かい抱擁、それらで心に愛の火を点火された私たちには、いくつもの夜のラーサの集いも、まるで一瞬のことのように思えるのです。ああ、ゴーピーのみんな、彼と別れるつらさを、どうやって乗り越えればいいのでしょう?
一日の終わりになり、あの方がバララーマとともに、横笛を奏でてヴラジャに戻られるとき、牛たちがたてたチリで汚れた巻き毛と、花輪、笑みを浮かべたまなざし、それらを目にした私たちは、いつも心を魅了されたものでした。ああ、彼がおらねば、私たちはどうして生きていけるでしょう!」
このように語り合いながら、クリシュナとの別れを悲しんだ彼女たちは、あまりにも強く主に愛着した結果、声を上げて泣き出してしまい、もはやすべての恥じらいを捨てて、叫んだのでした。
「ああ、ゴーヴィンダ! アモーダラ! マーダヴァよ!」
と。
彼女たちの嘆きにもかかわらず、今や太陽は昇っていき、夜明けのサンディヤーの祈りを済ませたアクルーラは、クリシュナとバララーマを乗せて、馬車を出発させたのでした。
ナンダをはじめとする牛飼いたちも、そのすぐ後からついて行きました。
そしてゴーピーたちもまた、愛するクリシュナの後を追いかけていきました。
自分の旅立ちに悲しむ彼女たちを見ると、クリシュナは、「僕は必ず戻ってきます!」という愛に満ちた伝言を伝令に運ばせて、彼女たちを慰めたのでした。
クリシュナを乗せた馬車が遠くへ去っても、馬車にたてられた旗と、その車輪がたてる砂埃が見える間、ゴーピーたちは自分の心をクリシュナとともに走らせていきました。そんな彼女たちの様子は、まるで絵のように美しく見えるのでした。
さて、アクルーラが走らせる風のような馬車に乗ったクリシュナとバララーマは、昼頃までには、罪を消し去るカーリンディーの岸辺に到着しました。
そこでアクルーラは、ヤムナー河のよどみにつかり、儀式に則って、正午の日課である沐浴を行なったのでした。
ところが、彼が水につかり、ガーヤトリー・マントラを唱えたとき、彼はその水の中にクリシュナとバララーマがいるのを見て、非常に驚いたのです。
「今は馬車におられるはずのクリシュナとバララーマが、どうしてここにおられるのだ?」
アクルーラが水からあがり、馬車の方を見ると、クリシュナとバララーマが馬車の中に座っているのが見えました。
「私が先ほど水の中で見たクリシュナとバララーマの姿は、幻だったのだろうか?」
アクルーラはこう考えて、再び水の中に入りました。
そのとき彼が目にしたのは、千の頭を持つ主シェーシャが、それぞれの頭に王冠を戴き、青い絹の衣をまとって座っており、その周りで神々が賛美を捧げている姿だったのです。
そしてそのシェーシャの体の上には、雨雲のような肌色をした至高者が、四本の腕を持ち、目は蓮華のように赤く、体には黄色い絹の衣をまとい、非常に穏やかな様子で座っていたのです。
そのお姿は朗らかで美しく、快活な笑みと明るいまなざしを投げかけて、形の良い眉と高い鼻、美しい耳、魅力的な頬、赤い唇をしており、腕は長くふくよかで、肩幅は広く、胸には女神シュリーが宿っていたのです。
またおなかにはイチジクの葉のようなしわがあり、尻と腰はがっしりとして、たくましい腿、形の良い膝、均整のとれた脛を持ち、その御足には、蓮華のように柔らかい指が見られたのでした。
さらに、光り輝く王冠、宝石で飾られたブレスレット、腕輪、帯、聖なる紐、首飾り、アンクレット、耳飾り、それらがまぶしく輝き、蓮華とほら貝、円盤、鎚矛を手に持ち、胸には白い巻き毛があり、胸にはカウストゥバの宝石、そして森の花輪を見に飾っていたのでした。
さらにその周りでは、様々な神々や女神や聖者たちが、主に賛美を捧げていました。
このすばらしい光景を目にしたアクルーラは、歓喜のあまりに恍惚となってしまい、最高のバクティに心を満たされて、今や体中の毛をすべて逆立てて、こみ上げる愛の思いで、心と目はすっかり潤んでしまったのでした。
つづく