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アディヤートマ・ラーマーヤナ(3)「シュリー・ラーマ・フリダヤ」

◎シュリー・ラーマ・フリダヤ

 シュリー・マハーデーヴァはこう仰った:次にラーマ御自身が、近くに立っていたハヌマーンにこう仰った。

 私はお前に、アートマー、アナートマー、そしてパラマートマーについての真理を教えよう。
 アーカーシャ(空)には、三つの区分がある。
 まず最初に、一切に遍在する空がある。
 次に、タンクや湖や水槽のような、水の貯蔵所と結びつく空がある。この空は、その水の貯蔵所と結びついているにも関わらず、遍在する空と異なるということは全くない。
 それらとは別に、三つ目の空が存在する。すなわち、器の中の水に映る遍在する空の反映である。
 同様に、意識には三つの様相がある。
 まず第一は、一切に遍在する純粋なる意識ある。
 次に、ブッディ(知性)と結びつく意識がある。 
 三つ目に、ブッディに映し出される意識がある。
 歪められた理解を持つ無智なる人々は、不可分であり不変である目撃者の意識に、それ自身として反映された意識によって一切を演じる動きと歪みをもつブッディに映る意識の行為者性の感覚を重ね合わせる。それと共に、ジーヴァの状態も同様に演じられる。(なぜなら、純粋なる意識は目撃者の意識となるがために、そこには目撃されるべき何かが外になくてはならない。そしてこれはジーヴァの出現、あるいは純粋なる意識の中の目撃者の仮定と同時に起こるブッディに映る意識の反映によって規定されている。)
 反映(ジーヴァ)は虚偽の仮定である。ゆえにまた、ブッディは無智の産物なのである。このように、ジーヴァとブッディは誤りである。一方で、ブラフマンは不可分であり、分け隔てることができない。彼の中の可分性は、(非真実である)付属物に起因している。
 「汝はそれである」のような偉大なるヴェーダの教義は、完全性、すなわち、いかなる付属物の関係性をも持たない純粋なる意識の集合体の反映と、この個々の反映(ジーヴァ)の結合を強く主張する。
 「汝はそれである」のような偉大なるヴェーダの言葉を聞き、瞑想するならば、二つの真我(ジーヴァートマン、パラマートマン)の結合の感覚が認識される。そして無智は、身体などに関する「私」という感覚のようなその派生物と共に、消滅するだろう。それについては疑いがない。
 この至高の真理を理解する私の帰依者は、私の境地を得るに相応しい。一方、私への信仰なしに、盲目的に聖典という落とし穴の中にこの叡智を探求することに夢中になっている者は、この私の本性の叡智を得ることは決してない。彼は百生かかっても、解脱を得ることはないだろう。
 おお、罪なき者よ! この「シュリー・ラーマ・フリダヤ」として知られる私についての秘密の真理は、私自身(聖なる化身)によってお前に説かれたのだ。このインドラの天界に達するよりも優れた叡智は、私に対する信仰心のない自惚れた者には授けてはいけない。

 シュリー・マハーデーヴァは仰った:おお、女神よ! 私はお前に、私がかつてハヌマーンに授けたこの「シュリー・ラーマ・フリダヤ」として知られる叡智を伝えた。それは、極めて注意深く守護される秘密であり、一切の罪を浄化する万能薬であり、神聖であり、心に歓喜を与えるものである。
 主そのものの化身であられるラーマによって与えられたこの教えを、信仰心を持って絶えず学ぶ者は、確実にモークシャ(解脱)を得るだろう。
 幾多の過去生で犯したブラフマハッチャ(聖人を殺すこと)のような極悪の罪の影響は、ラーマ御自身の明確な指示である、この教えの敬虔な学習によって消滅する。
 ある者はアウトカーストであったり、常習的な罪人かもしれない。あるいは、他の人々の富や女の横領に溺れている者、盗人、聖人や両親を殺した者、修行者を追害する者かもしれない。――しかし、もし彼がシュリー・ラーマに礼拝を捧げ、真の信仰を持って、この「シュリー・ラーマ・フリダヤ」を学ぶならば、彼はこのまさに一生で、偉大なるヨーギーたちにとってさえも達成し難い境地に達するだろう。

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