アディヤートマ・ラーマーヤナ(14)「ラーマの即位の妨害」
第三章 ラーマの即位の妨害
◎「怒りの間」でのカイケーイー
さて、ダシャラタ王はすべての大臣と優れた貴族たちを呼び、彼らにラーマのユヴァラージャとしての即位式の一切の準備を命じた。その後、彼は宮殿の彼の部屋に行った。
部屋に入るや否や、彼は彼の愛しい妻カイケーイーの不在に気付き、ショックを受け、こう考えた。
「私が宮殿に帰ると、私の美しく、愛しい妻はいつも、微笑みながら私の方に近づいてくる。私が今日、ここで少しも彼女を見ることができないのはなぜであろうか?」
心の中でこのように考えた後に、彼はそこでメイドたちにこのように尋ねた。
「お前たちの女主人、私の最も美しく愛しい妻が、いつものように私を出迎えに来なかったのはなぜだ?」
彼女たちはこう答えた。
「女主人様は、『怒りの間』に閉じこもっております。私たちは、なぜ彼女がそのようなことをなさっているのかわかりません。王よ、あなた様がそこに行かれて、その理由を突き止める方が良いかと思われます。」
この知らせを聞いて愕然として、王は部屋へ行き、カイケーイーの隣に座り、彼女の身体を優しく撫でると、こう言った。
「愛しき者よ! なにゆえにお前は、ベッドと他の家具を捨てて、床に寝そべっているのだ? なぜ、私をかまってくれないのだ? 私はお前のその態度にひどく苦しんでおる、ああ、内気な女よ!
すべての宝石類を捨てて、汚れた衣を着て、なにゆえにお前は床に寝そべっているのだ? お前のその不満の原因が何だか私に言ってごらん。そうしたら、私がお前のすべての要求を叶えてあげよう。
お前を苦しめた者なら誰でも、それが男であろうと女であろうと、私はその者に、死刑を含めた処罰を課すのを厭わない。
愛しき者よ! お前の欲しいものを何でも、私に言ってみなさい。そうしたら、それがどんなものであれ、即座にそれを叶えてあげよう。
お前は知っているだろう。私が芯から、完全にお前の支配下にある、お前の愛しい夫であるということを。このように私がいつでもお前の欲求を叶えることを厭わないのだから、お前は自分で自分の首を絞めるようなことをする必要はないのだ。
もしお前がお前にとっての大切な人を裕福にしたいと望むならば、私はすぐにでもその者を裕福にしよう。もしお前がお前にとって有害な者を貧窮に陥らせたいのであれば、私は即刻、そのようにしよう。
お前が誰かを処刑したいのであれば教えてくれ。それは確実に為されるだろう。お前が死刑宣告を取り消したいと思う者を教えなさい、それもまた叶えてやろう。これ以上言う必要がどこにあろう? おお、愛しき者よ! 私はお前のために自らの命さえも捧げることを望んでおるのだ。
命よりも愛しい蓮華の眼をしたラーマに誓って言う。私はお前を満足させることならなんでも行なう。ゆえに、お前の望みを私に教えておくれ。そうすれば、私はそれを間違いなく果たそう。」
◎カイケーイーの二つの願い
このように語り、ラーマに誓った彼に、カイケーイーは眼から涙をふき取った後にこう答えた。
「あなたが誠実でありますならば、あなたがあなたの誓われたことを実行いたすのであれば、あなたはすぐに私の願いを実行しなければなりません。
昔、あなたが神々と阿修羅との戦争に参加されたときのことです。私は偶然、危機的な状況からあなたを救いました。あなたはそれを大いにお喜びになられ、私に二つの願いを叶えてくださるとおっしゃいました。
おお、誠実な御方よ! あなたが授けてくださったその二つの願いは、いまだ叶えられておらず、保留となっております。
その中の私が望む一つ目の願いは、あなたがラーマの即位式のためにした一切の準備を使って、わが愛しき息子バラタをただちにユヴァラージャとして任命してください。
私が望む二つ目の願いは、ラーマをただちにダンダカの森へと追放することでございます。
シュリー・ラーマに十四年の間、苦行者の木の皮の衣を着せ、髪を絡ませてジャータ(ドレッドロックス)にし、すべての装飾を外させ、根と果物だけを食料として森の中で生活させるのです。その期間が終わったら、彼を国へ帰させるのです。あるいは、もし彼が望むなら、森の生活を続けさせるのです。蓮華の眼をしたラーマは、次の日の出までに森へと発たなければなりません。
もし今私が申し上げた点に関して、私の願いの成就が少しでも遅れるならば、私はあなたの面前で命を断つでしょう。御自分の言葉に誠実になってください。これが私の願いです。」
◎苦しみ悶えるダシャラタ王
これらの恐ろしく、衝撃的なカイケーイーの言葉を聞いて、ダシャラタ王はインドラの武器のヴァジュラ(雷)に撃たれた山のように、床に倒れ込んだ。
ゆっくりと眼を開け、手で眼を擦ると、恐怖に震えるダシャラタは困惑した。彼は悪い夢を見ていたのであろうか? あるいは正気を失ってしまったのであろうか? 虎のように面前に立つ妻のカイケーイーを見て、彼はこう言った。
「愛しき者よ、私の命を奪ってしまうと言ってもいいような言葉をお前が発したのはなぜだ?
蓮華の眼をしたラーマがお前にどんな危害を加えたというのだ? お前は昔は、いつもラーマの幾多の善徳について語っていたではないか。
ラーマはカウサリヤー同然にお前を見なしていると、彼はいつもお前に仕えているのだと語っていたお前が・・・そのお前がどうして今、ラーマに反抗するようなことを話しているのだ?
王国はお前の息子にやろう。しかし、ラーマをこの宮殿にとどめてやっておくれ。この申し出を受け入れて、私を支持しておくれ。ひょっとしてお前は、ラーマから何か危害を加えられたのか?」
このように泣きながら話し、彼はカイケーイーの足元に倒れ込んだ。しかし、彼女は眼を真っ赤にして怒り、このように返答した。
「ああ、偉大なる王よ! あなたは気が狂ってしまったのでしょうか? あなたはたった今話したことと正反対のことを仰っております。あなたが不誠実であると分かれば、地獄行きがあなたの運命となるでしょう。
ラーマが翌朝に、鹿の皮と木の皮を着て森に行かないならば、私はあなたの面前で、首を吊るか、毒を飲むかして自殺します。
この世界のすべての会合において、あなたは、御自分で誓った言葉に対して誠実である者として称えられております。そして今、あなたがラーマ御自身の御名に誓った後に、その約束に従えないのならば、あなたは確実に地獄に堕ちるでありましょう。」
◎ラーマ、ダシャラタに呼び出される
この妻の言葉を聞いて、苦しみの海に浸されたその不運なる王は、床の上で死体のように意識を失った。
悲しみのために、彼は一晩を、まるで一年であるかのように感じたのであった。そして日の出が訪れ、吟遊詩人と称賛者たちは、王を起こすために楽器の伴奏に合わせて朗読を始めた。
しかしカイケーイーの命令によって、それらのアーティストたちは音楽と朗読をやめなければならなくなった。カイケーイーはたいそう憤慨した様子でそこに立っていたのだった。夜明けが訪れると、ヴァシシュタによって命ぜられた一切の者たち――四階級の民たち、処女、最上の儀式用の傘とチャウリ(蝿払い)を持つ者たち、象と馬、踊り子、そして街と村々の一般民――が正門に集まった。宮殿の一切の住民たちは、男も女も、そして子供も、その夜は眠らなかったのだった。彼らは、即位式の後に、黄色の絹の衣を身に纏い、宝石で飾られ、王冠と光り輝く腕輪とカウストゥバ宝珠で装飾され、儀式用の白い傘に守られてラクシュマナと共に象の上に乗っておられる青い肌の天使のようなラーマを見ることができるのではないだろうかと、大いに期待を持って、朝を待っていた。王がまだ眠りから覚めていないことを知ると、スマントラ大臣は彼が住んでいる宮殿へと急いだ。
心からの好意を持って王にひれ伏して挨拶すると、スマントラは彼が極端に悲しみに打ちひしがれているのに気付いたのだった。そして彼はこのようにカイケーイーに言った。
「おお、栄光なる貴女よ! あなたに祝福があらんことを。王が悲しみに打ちひしがれた顔をしておられるのは何ゆえでありましょうか?」
カイケーイーはこう答えた。
「王は一睡もしておられません。ラーマの御名を口にしながら、彼はラーマのことだけを考えておられたのです。寝不足のために、あなたは彼がそのようにひどく苦しんでいるように見えるのです。ラーマをすぐにこの宮殿に連れてきてください。王は彼に会いたがっております。」
スマントラは言った。
「おお、妃よ! 王からの御言葉なく、いかにして私がラーマ様の御所へ行き、お連れすることができましょうか?」
この大臣の言葉を聞くと、ダシャラタ王は彼にこう言った。
「おお、スマントラよ! 私はラーマに会いたい。彼をすぐにここに連れてきておくれ。」
そのように命令を受けると、スマントラは大急ぎでラーマの宮殿へと向かった。彼はラーマに会うと、こう言った。
「おお、蓮華の眼のラーマ様よ! ただちに私と共に御身の父君の宮殿においでください。御身に善きことがありますように。」
そのように言うと、彼はラーマとラクシュマナと共に馬車に乗り込み、興奮した様子でそこを出発したのだった。
◎カイケーイーがラーマの追放を命じる
ラーマは、ラクシュマナと御者と共に正門に着くと、そこでヴァシシュタと他の会衆たちと会った。大急ぎで彼は父のところへ赴き、彼の前で礼拝した。すると王は起き上がり、大きな愛情を持ってラーマを抱擁しようと前へ進み出たのだが、彼がそのために腕を持ち上げるや、非常に悲嘆した声でラーマの御名を呼びながら倒れて込んでしまった。
これに驚いたラーマは、すぐに彼の身体を支えると、彼を抱きしめ、自らの御膝元で彼を横にした。王が気を失っているのを見ると、そこにいた女たちは皆、非常なる心痛のあまりに泣き叫んだのだった。すると聖仙ヴァシシュタが、それらの泣き声の理由を突き止めようと宮殿に入ってきた。
直ちにラーマはそこにいた人々に、父君の悲しみの原因を訪ねた。彼のそのような質問に対して、カイケーイーはこのように言った。
「あなただけが、おお、ラーマよ、王を悲しみから救ってあげることができるのですよ。あなたが彼に安堵をもたらすために為さなければならないことが一つあります。
誠実そのものであるあなたが、王を助けるために彼が誓った言葉を成就することができますように。かつて王は、私に非常に感謝して、私に二つの願いを叶えてくださると仰いました。それらの願いの成就はあなたの御手の中にあるのです。王はあなたにそれについて話すことをためらっています。彼は誠実の誓いという縄で縛られているゆえ、あなたはその困難な苦境から彼を救い出さなければなりません。
なぜならば、息子(プットラ)という言葉には、『父を地獄から救い出す』という意味があるからです。」
彼女の言葉を聞くと、ラーマは三叉戟で突き刺された者のように苦しみもだえ、カイケーイーにこう仰った。
「そのような言い方をなさらないでください。私は、わが命を父のために捧げるのを厭わない者です。もし必要ならば、私はシーターをも、あるいは母カウサリヤーをも、あるいは王国をも放棄するのを厭いません。優れた息子は、頼まれることなく父の望みを成就します。中間の者は、頼まれたらそのようにする者です。そして堕落した者は、頼まれてもそのようにしない息子であります。そのような息子は、泥のように見なされるでしょう。ゆえに、わが父君が私に望む者はなんであれ、私は従う覚悟ができています。私は必ずやそのように為すことを誓います。ラーマは決して、でたらめな言葉に溺れることはありませぬ。」
このラーマの誓いを聞くと、カイケーイーは彼にこのように語り始めた。
「ああ、ラーマよ! あなたの即位式のために為された一切の準備を、必ずやわが愛しき息子のバラタをユヴァラージャとして即位させるために使いなさいこれが私が求める願いの一つです。
もう一つは、あなたはあなたの父の命で、木の皮を身につけ、髪をもつれさせて房状にしてただちに森へ行き、そこで十四年間、苦行者の食事で生活しなければなりません。
これらが、あなたの父があなたに求めていることです。ああ、ラグ族の子孫よ! 王はそれを率直にあなたに話すことを必要以上に恥じ、ためらっています。」
◎カイケーイーの要求に対するラーマの応答
このように話されると、ラーマはこのように言った。
「では、王国をバラタに差し上げてください。そして私はダンダカの森へと行きましょう。
しかし私は、なぜ父君が、私が目の前に立っているにもかかわらず、私に直接命令を下してくださらなかったのかが分かりませぬ。」
ラーマのこのような言葉を聞くと、悲しみに打ちひしがれたダシャラタ王は、彼の前に立ち、悲しげにこのように言った。
「ラーマよ、不誠実な道を歩んでしまい、心はその均衡を失ってしまい、女の奴隷となってしまった私を、殺すか投獄するかして、この王国をわが物としなさい。そのようにしても、それはお前の罪にはなるまい。もしお前がそうしてくれるのならば、おお、ラグ族の喜びよ、私は不誠実の罪にもけがされないであろう。」
そう言うと、悲しみに打ちひしがれた声を上げて泣き始め、このように叫んだ。
「おお、ラーマよ! おお、世界の師よ! おお、私の掛け替えのない最愛の御子よ! 私を捨ててあの深い森に行くなど、お前がどうしてできようか!」
そう言うと、王はラーマを抱きしめ、周りの目を気にすることなく泣き始めた。そして、ああ! ラーマは壺からいくらかの水を取ると、ダシャラタの眼を洗い、彼を宥めたのだった。彼は王を慰めるために、こう言った。
「ああ、賢者よ! なにゆえに御身はこの状況の中で、そのように落胆しなくてはならなかったのでしょうか? わが弟を王にしてください。そして私は、御身の誓いの言葉が成就した後、この街に帰って参ります。ああ、王よ! 私は王国を統治するよりも、森の中に住む方が百倍も幸せであります。
ああ、偉大なる王よ! この取り決めによって、御身の約束は果たされ、母カイケーイーもお喜びになるでしょう。このように、私の森への旅立ちは大いに利益があると証明できます。
ゆえに、私は今、ここから出て行きます。母カイケーイーの心の痛みが、それによって和らぎますように! 私の即位式のために準備された用具をすべて捨てさせてください。
さて、それでは私は母カウサリヤーと、ジャナカ王の娘であり私の妻であるシーターの許へと行って、彼女たちを慰めて参ります。その後、私は再びここに参り、あなたに挨拶をしてから、穏やかな心持ちで森へ発ちたいと思います。」
そう言うと、ラーマは彼の父の周りを回り、母カウサリヤーに会いに行ったのだった。そのときカウサリヤーは、ラーマの幸福を願ってハリに礼拝した後に、ホーマを行い、供物を聖者方に捧げ、沈黙の行を遵守し、一心に宮殿の中で瞑想していた。
彼女は、一心に心の中に、一切の者の中に住まい、永遠に叡智の光で輝き、一切の多様性を超越し、至福で構成されている本性をお持ちの存在マハーヴィシュヌを瞑想していながらも、ラーマが前に立っておられるのに気がつかなかったのであった。