サンミッラバーシニーの死
仏典には、お釈迦様の過去世の物語が、ジャータカその他に多く残されています。
原始仏典にも大乗仏典にもそのような話は多くありますが、それらの中からいくつか紹介していきたいと思います。
その昔、ヴァラナシにおいて、ブラフマダッタ王が君臨していた頃、お釈迦様は、あるブラーフマナの家系に生まれました。
青年に達する頃には、お釈迦様はすべての学識を修め、かつ禁欲の梵行をしていました。
あるとき彼の父母はお釈迦様に、そろそろ結婚するように言いました。しかしお釈迦様は、
『私には家庭生活は必要ありません。私は禁欲の梵行に励み、父母の臨終と共に、出家します』
と主張しました。しかし父母はお釈迦様に結婚するよう繰り返し懇願したので、お釈迦様は一計を案じ、
『では、もしもこのような少女が存在したら、結婚しましょう』
と言って、自ら作成した黄金の像を見せました。
そこで父母は、なんとしてでもそのような少女を探そうと、召使達を捜索に向かわせました。
ところでその同じ時代、ある功徳の高い魂が、梵天界で死に、ヴァラナシの大金持ちのブラーフマナの家の少女として生まれ変わっていました。彼女はサンミッラバーシニーと名づけられました。彼女は美しく、しかし性欲に支配されることはなく、禁欲の梵行生活を送っていました。
このサンミッラバーシニーは、まさにお釈迦様が作成した黄金の像にそっくりでした。そこでまもなく召使達は彼女を発見し、共に禁欲の梵行を行なっていた二人は、本人達が望んでいないにも関わらず、父母達によって結婚させられたのでした。
しかし結婚後も二人は、お互いのことを一度も肉欲によって見ることはなく、禁欲の梵行を貫いていました。
まもなく、お釈迦様の父母が亡くなりました。お釈迦様は彼らの葬儀を行なった後、サンミッラバーシニーに言いました。
『妻よ。私は出家するつもりだ。お前は私の家とお前の家の膨大な財産を自分のものとしなさい。』
すると妻はこう答えました。
『私はあなたをあきらめることはできません。あなたが出家するなら、私も出家します。』
『それでは、来なさい。』
こうして二人は、人々がうらやむ膨大な財産を唾のように捨て、出家してヒマラヤに行きました。
二人はヒマラヤで永い間修行生活を送った後、山を降りてヴァラナシにやってきて、王の庭園にとどまっていました。
その時、サンミッラバーシニーは赤痢にかかり、お釈迦様が托鉢に出かけている間に、死んでしまいました。
非常に美しいサンミッラバーシニーが死んだのを見て、人々は死体の周りに集まり、泣き叫びました。
お釈迦様は托鉢から帰ると、サンミッラバーシニーが死んだのに気付き、こう言いました。
『壊れる法のもとにあるものが壊れた。すべては無常であり、これもまた同じことなのだ。』
そしてサンミッラバーシニーの死体の横に座り、托鉢で得た粗末な食事をいつものように食べて、口をすすぎました。
周りに集まっていた多くの人が、お釈迦様に尋ねました。
『尊者よ。この女性の修行者は、あなたにとってどういう人だったのですか?』
『家庭生活を送っているときの、私の妻でした。』
『尊者よ。私たちはこらえきれずに泣き叫んでいるのに、なぜあなたは泣き叫ばないのですか?』
『この人は、生きているときには、私にとって重要な人でした。しかし今は高い世界に転生していったので、何でもありません。私の力の及ばないところに行ったのに、なぜ私が泣き叫ぶことがありましょうか。』
親愛なるサンミッラバーシニーよ
あなたは今、多くの者の中に存在している
彼らの中にいれば、わたしなど何になろう
だから私に憂いはない
もし人が死ぬごとにいちいち悲しむならば
常に死神の力が及びつつある、自分自身を悲しみなさい
修行者は、たとえ瞬きをする一瞬の間でも
現世的な喜びのことを念じたりはしない
修行によって自分自身を支配し
輪廻から解放されようとするとき
まさに生き残っている者こそ気の毒だと思いなさい
解放された者をのことを悲しむことはない
このようにお釈迦様は、人々に教えを説きました。そしてその後再びヒマラヤに入り、瞑想し悟りを得て、梵天界へと転生していったのでした。
この時のサンミッラバーシニーは、後のお釈迦様の妻であり高弟であるヤソーダラーでした。